南方熊楠 「十二支考」

『旧唐書』に払林(正しくは林に草冠。引用者注)国に羊羔(ひつじのこ)ありて土中に生ず、その国人その萌芽を伺い垣を環らして外獣に食われぬ防ぎとす。
しかるにその臍地に連なりこれを割けば死す、ただ人馬を走らせこれをおどろかせば羔(こひつじ)驚き鳴きて臍地と絶ちて水草を追い、一、二百疋の群れを成すと出づ。
これは支那で羔子(カオツェ)と俗称し、韃靼(だったん)の植物羔(ヴェジテーブル・ラム)とて昔欧州で珍重された奇薬で、地中に羊児自然と生じおり、狼好んでこれを食うに傷つけば血を出すなど言った。
(略)
十八世紀の仏国植物学大家ジュシューいわく、いわゆる植物羔(ヴェジテーブル・ラム)とは羊歯の一種でリンナースが学名をポジウム・バロメツと附けた。その幹一尺ほど長く横たわるを四、五の根あって地上へ支え揚ぐる。その全面長く金色な綿毛を被った形、とんとシジアの羔に異ならぬ。それに附会して種々の奇譚が作られたのだと(『自然科学字彙』四巻八五頁)。
予昔欧州へ韃靼から渡した植物羔を見しに、巧く人工を加えていかにも羊児ごとく仕上げあった。孔子が見たてふ墳羊談もかようの物に基づいただろう。

南方熊楠による、バロメッツ、または植物羊についての一節です。熊楠は、これらの伝説を「真にお臍で茶を沸かす底の法螺談」といい、その正体を羊歯であるとしています。孔子の墳羊の話がこれに結びつけられているのも、興味深いところです。
この植物羊のお話は、澁澤龍彦「幻想博物誌」「和漢三才図会」マンデヴィル「東方旅行記」ボルヘス「幻獣辞典」タカワラビの根茎レオ・レオーニ「平行植物」「幻想図像集 怪物篇」などで、ずいぶん繰り返してしまっているのですが、いまだに不思議が尽きません。

ひつじ話

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