ヘロドトス 「歴史」巻二

巻二 二節
エジプト人はプサンメティコスが王になるまでは、自分たちが全人類の中で最古の民族であると考えていた。
(略)
プサンメティコスはいろいろ詮索してみたが、人類最古の民族を知る手段を発見できず、とうとう次のような方法を案出した。
生れ立ての赤子を全く手当り次第に二人選び出し、これを一人の羊飼にわたして羊の群と一緒に育てるように言いつけ、その際子供の前では一言も言葉を話してはならぬ、子供はほかに人のいない小屋に二人だけでねかしておき、然るべき時々に山羊を連れていって十分に乳を飲ませ、そのほかの世話もするようにと厳命しておいたのである。
(略)
羊飼は言いつけられたとおりを行って二年たったある日のこと、小屋の戸を開けて中へ入ると、二人の子供は手を延べて彼のところへ駈けより「ベコス」といった。
(略)
王も自分の耳でその言葉を聞くと、「ベコス」という言葉を使うのは何国人であるかを調べさせた。そして詮索の結果、プリュギア人がパンのことをベコスということが判ったのである。
巻二 四二節
ヘラクレスがどうしてもゼウスの姿を見たがり、ゼウスは彼に姿を見られることを欲しなかったが、結局ヘラクレスがそれを望んで止まぬので、ゼウスは一計を案じた。
すなわちゼウスは一頭の牡羊の皮を剥ぎ、切りとった牡羊の首を前へ差し出し、羊の皮で蔽った自分の姿をヘラクレスに示したのだという。
エジプト人がゼウスの神像を、牡羊の頭をつけた姿に作るのはここに由来するのであり、この風習はエジプト人がらアンモン人にも及んでいるのである。
アンモン人は元来エジプトおよびエチオピアからの移民であり、その言語も両国語の中間に当るものを使用している。
彼らがアンモン人と名乗るのもこの故事にちなんだものであろうと私には思われる。
エジプト人はゼウスのことをアムンと称するからである。
従ってテバイ人は牡羊を生贄に供さない。牡羊は右に述べた理由で、彼らにとっては神聖な獣なのである。
ただしかし一年に一日だけ、ゼウスの祭礼の折に一頭の牡羊を屠って皮を剥ぎ、かつてゼウスがしたと同じようにゼウスの神像を皮で蔽い、それからヘラクレスの神像をそのゼウスの神像に近付ける。そうしてからこの神殿の氏子一同は、胸を打って牡羊の死を悼み、その後死骸を神聖な墓地に葬るのである。

ヘロドトス「歴史」第二巻は、主としてエジプトの事物を説明することに費やされていますが、そこから、羊関係の記述をふたつ。
上は、世界最古の民族の調べ方のお話。訳注を見ると、「ベコス」が山羊の鳴き声である可能性も指摘されていたりしますが。
下は、何度かお話しているアメン神について。

ひつじ話

Posted by


PAGE TOP