「黒祠の島」
「御主神は」
「カンチです」
は、と式部は問い返した。杜栄は困ったように笑う。
「神、霊、と書いてカンチと読むんですよ。」
(略)
馬首の額には一本の角が生えていた。
それが変わっていると言えば変わっているが、馬頭観音としては格別珍しい造作ではない。
お定まりの蓮華座の上に結跏趺坐し、頭部には丸く光背があった。
式部はそれらをしみじみと見て取り、困惑して杜栄を振り返った。
「これは……失礼ですが、馬頭観音なのでは?」
ならばこれは、神像ではなく仏像と呼ぶべきだろう。
だが、杜栄は笑って首を振った。
「そう見えますでしょう。ですが、これは馬頭夜叉だと言われています」
(略)
「青い馬……青い一角の……」
―馬ではないのか?
神は「カミ」、あるいは「カム」と読む。霊は「チ」と読む。
だから「カムチ」が訛って「カンチ」と呼ぶのだろう。
馬頭夜叉は青い。角がある。木気に属し、未に属す。その名は「カンチ」。
「解豸か……?」
中国の伝説に言う、青い一角の羊。罪あるほうをその角で突いて示したという。
小野不由美のミステリです。物語の鍵である、閉ざされた島に伝わる土着信仰として、解豸(カイチ)が使われています。神判の獣、というイメージをつきつめると、こんなに怖い話になるのかとー。
カイチについては、白川静の文字学のお話などをしています。
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