ソポクレス 「オイディプス王」

オイディプス  ここにいるこの男のことだ。会ったおぼえがあるか?
羊飼いの男  はて、すぐには思い出せませぬが。
使者  無理もございませぬ、王さま。それではこのわたくしめが、わかりかねているこの男に、はっきりと思い出させるようにいたしましょう。あのころのことを、どうしてこの男が、まったく忘れてしまったはずがありましょう。
─そのころわたしどもはキタイロンの山間で、この男は二群れの羊たちの番をし、わたくしは一群れの羊に草を食ませながら、共に日を送ったものでございます。春からはじまって、アルクトゥロスの星が、暁の空に瞬きはじめる秋がやって来るまで、たっぷり半年のあいだを、わたくしはそのようにして、彼といっしょに三度びもくりかえし過ごしました。そして、やがて冬になると、わたしくは自分の羊たちを追って故郷の羊舎へ、この男はこの男で、ライオスさまのところの囲いの中へ、それぞれ連れ帰るならわしになっておりました。
[羊飼いの男に]そうであったな? それともわしは、ありもしなかったことを申しておるか?
羊飼いの男  たしかにお前の言うとおりだ。遠いむかしのことではあるが─。
使者  さあそれでは、いまこそ答えてくれ。あのころお前は、ひとりの赤子をわしに渡したのを、覚えているであろうな─これをわが子同様に、育ててくれと申して?

ソポクレスの悲劇「オイディプス王」を。
自らの出生の秘密を明らかにすることで、それと知らず破滅へと近づくオイディプス王と、真実を知りながら告白をためらう羊飼いの男とのやりとりです。
ソポクレスについては、以前、「アイアス」をご紹介しています。

ひつじ話

Posted by


PAGE TOP