「ゴンチャローフ日本渡航記」
琉球諸島とはいかなる所であろうか。
(略)
然り、これは太平洋の果てしなき水の真只中に投げ出された田園詩なのである。
さて、お伽噺に耳を貸していただきたい。
木は木として、木の葉は木の葉にきちんと整頓され、ふつう自然が生み出しているようなまぎらわしさもなく、偶然の無秩序に混乱していることもない。
すべてがワトーの絵とか、舞台装置にあるように、測定され、掃き清められ、美しく配置されているかのようである。
(略)
「これは一体何なのだ?」と私はますます驚きながら、繰り返した。
「テオクリトスだけではない。デズリエール夫人もゲスナーも、彼らのメナルクやフローヤやダフナなどといっしょにそのまま信じられる。リボンの手綱にひかれた羊たちが不足してはいるが」。
ところが、ちょうどそこへわざわざ、さながら田園詩の不足を補うかのように、わが鑑の羊たちが散歩のために岸に連れ出されて来た。
幕末のころ、ロシアの遣日使節プチャーチンの秘書官として日本をおとずれたイワン・ゴンチャロフによる旅行記から、「琉球諸島」の章を。
ゴンチャロフの目には、初めての琉球は、テオクリトスの田園詩やヴァトーの風景画に描かれるような楽園としてとらえられたようです。
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