「あらゆる名前」
その見知らぬ彼女の墓の脇に、湿った草をもぐもぐかんでいる白い羊が一頭いた。
見まわすとここにもそこにも羊たちが草をはんでいた。
杖を手に持った老人が、ジョゼ氏のほうへ近づいてきた。
(略)
名前を取り替えるのはほんの少しの冒涜ではありません、
戸籍管理局の補佐官が名前に関してそういう考えを持ってるっちゅうことはわかるがな。
羊飼いは一時的に中断して、犬に、はぐれてしまった羊を捕まえに行くよう合図を出した、そして続けた、
墓石の番号がついた板を取り替えようと思った理由をまだ話しておらなんだな、
そんなことに興味はありませんよ、
興味がないなどということはないじゃろう、
どうぞおっしゃってください、
もしわしの考えが正しければ人が自殺するのは見つけてほしくないからじゃ、
ジョゼ・サラマーゴの小説を。
孤独な戸籍係ジョゼ氏は、偶然手にした見知らぬ女性の戸籍をきっかけに、彼女の人生をたどることになります。
たどりついたのは霊園の自殺者の区画。そこで出会ったのは、死者を特定するための墓石の番号をでたらめに取り替えている羊飼いの老人でした。寓意に満ちたこの小説のなかでも、白眉の場面です。
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