『万治絵入本 伊曾保物語』より、「狼と羊との事」
ある川の辺(ほとり)に、狼と羊と水を飲むことありけり。
狼は上(かみ)にあり、羊は川裾にあり。
狼、羊を見て、かの傍に歩み近付き、羊に申しけるは、「汝、何の故にか、我が飲む水を濁しけるぞ」といふ。
羊、答へて云く、「我、川裾にて濁すとて、いかで、川上の障りとならんや」と申しければ、
狼、又云く、「汝が父、六ヶ月以前に、川上に来て水を濁すによつて、汝が親の咎を汝にかくるぞ」といへり。
羊、答へて云く、「我、胎内にして、父母の咎を知る事なし。御免あれ」と申しければ、
狼、怒つて云く、「それのみにあらず。我が野山の草を恣(ほしいまま)に損ざす事、奇怪なり」と申しければ、
羊、答へて云く、「いとけなき身にして、草を損ざす事なし」といふ。
狼、申しけるは、「汝、何の故に悪口(あくこう)しける」と怒りければ、
羊、重ねて申しけるは、「我、悪口をいふにあらず。その理(ことわり)をこそ述べ候へ」といひければ、
狼の云く、「詮ずる所、問答を止めて、汝を服せん」といひける。
その如く、理非を知らぬ悪人には、是非を論じて栓なし。
只、権威と堪忍とをもつて、むかふべし。
イソップ寓話のお話をもう少し。
日本にこれほどイソップ物語が浸透しているのは、江戸初期という非常に早い段階でその翻訳が普及したことが、大きな要因であろうと思われます。
こちらは、その翻訳である「伊曾保物語」から、「狼と羊との事」を。以前ご紹介した「狼と仔羊」に対応するお話ですが、内容教訓ともに、少し手が加えられているようです。
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