司馬遼太郎 「モンゴル紀行」
白い包のむれもあり、緑と茶の単調な色面のなかに、まれに胡麻をびっしり撒いたような色彩もみられる。かすかに動いているらしい。よくみると、羊群であった。
高原へは、なおのぼり傾斜なのかどうか。大地の起伏がはげしく、その一つ一つは山や谷といっていい。山は風を受ける斜面はあらあらしく赤茶けていて、一方、風の裏側の斜面は、いかにも人間をやわらかく許容する緑である。その緑の斜面へ羊群が面をなしてのぼってゆく。
(略)
「これは、何のにおいですか」
と、ツェベックマさんをふりかえった。彼女は馴れているせいか、私の質問をちょっと解しかねる表情をした。が、やがて、
「ゴビの匂いよ」
と、誇りに満ちた小さな声でいった。
人さし指ほどの丈のニラ系統の草が、足もとでごく地味な淡紫色の花をつけている。それがそのあたり一面の地を覆い、その茎と葉と花が、はるか地平線のかなたにまでひろがっているのである。
その花のにおいだった。空気が乾燥しているため花のにおいもつよいにちがいなく、要するに、一望何億という花が薫っているのである。
「羊の好物」
と、ツェベックマさんがいった。
司馬遼太郎の「モンゴル紀行」から、それぞれウランバートルとゴビ草原での一場面を。
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