巨大バットのような尾を持つひつじ

紀元前四五〇年頃のヘロドトスの記述におもしろいものがあります。
 かつて尾骨の両側に脂肪が蓄積する、荒い毛の脂肪羊が発達していたというものです。さらに彼自身の手による挿し絵を見ると、実に体躯に匹敵するほどの長さの、先にいくほどボリュームアップした、まるで弾力性のある巨大バットのような尾をしたひつじが、車輪のついた台にそれを乗せて引いているではありませんか。
「アラビアにも賞賛に値するひつじが二種おり、どちらもこの地でしか目にできない種である。そのひとつは尾が長く――少なくとも三キュビット(一キュビット=肘から中指の先までの長さ)には達する――もし地面に垂れ下がったままにしておけば、傷がつき炎症を起こすところである。ところが心配することはない、どの牧者も手飼いのひつじの尾のために工夫をこらし、小さな車の台を作ってやることぐらい百も承知している。尾の下に車を置くと――つまり、ひつじ一頭ごとに専用の車の台が与えられるわけである――それに尾が縛りつけられるのだ。もう一方のひつじは幅広の尾をもっており、その幅たるや直径一キュビットに達することが、間々あるほどである」(『歴史』巻三、一一三)。
 なんともこっけいな話ですが、けっしてつくり話ではありません。
 中国の『本草網目』にも大食国(アラビア)の「大尾羊」として取り上げられ、紹介されています。
 このような、尾に脂肪を貯えるひつじは脂肪尾種と呼ばれ、アジアから北アフリカにかけて分布し、脂肪の貯え方には二種類あるといわれています。ひとつは座布団型で、四角くぶ厚い座布団のような尾をしているということです。そしてもうひとつが巨大バットのような尾をした、棍棒型のひつじです。

ヘロドトスのヒツジ
ヘロドトスによって描かれた尾が長く垂れた羊

 この脂肪尾はひつじたちの非常食貯蔵庫で、コンスタントに食料を得られない地域のひつじにとっては、大切な役割を果たすといわれてきました。つまり脂肪の蓄積は気候や環境への対応だということです。とすれば、貯えた脂肪を消費すると尾は小さくしぼんでしまうはずですが、実際、尾は大きくなったり小さくなったりするそうです。現在、この種のひつじはほとんど寒暑がきびしい中央アジアで飼われています。
 しかし、ヘロドトスが指摘しているように、移動そのものに支障をきたし、交尾のさいにもかなりの困難をともなうということですから、このような形質はおそらく自然にできたものではなく、人間によって選抜されたものに違いないと思います。
 事実、この尾は大変美味で、ほかの肉とは区別して売られるということです。なんでも他の部分の脂肪に比べて不飽和脂肪酸の割合が高いため、質も味もいいのだそうです。
 いずれしても、大きいもので尾の大きさが、屠体の重量の一五?二〇パーセントにも達することがあるといいますから、当のひつじたちにとってはかなり厄介なものなのではないでしょうか。そう思うと、たとえおいしい肉を採るという目的がなくても、尾引き車のひとつや二つつくってあげたくなりますよね。
 尾引き車をガラガラいわせながら牧場を歩きまわっては草を食んでいる脂肪尾羊たちを想像すると、ついつい笑ってしまいます。

ひつじ話

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