幸田露伴 「羊のはなし」

 もつともひつじは夙くから用ゐられた語で、千載集の十八に出てゐる「今日もまた午の貝こそ吹きつなれひつじのあゆみ近づきぬらし」といふ赤染衛門の歌は誰しも知つてゐる名高い感愴の一章で、摩耶經の、譬へば栴陀羅(せんだら)の羊を驅つて屠所に就かしむるが如し、歩ゝに死地に近づく、人命は復此に過ぐ、といふ本文を踏まへて、午の刻の貝を吹くのを山寺で聞いて、羊の歩近づきぬらしと、光陰の矢の如く速く、人生の流るゝが如くなるを感じたあまり、午より先へ一ト足踏み出して歌つたところに味のある吟である。

「羊の歩み」について、幸田露伴の随筆「羊のはなし」から、さらにもう少し。

ひつじ話

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