王国全体における敬愛の対象として、また外交上の贈り物として、こうした肖像画は君主の容貌を広く伝える目的をもっていた。
(略)
仰々しいこれらの勲章とポーズからうかがえる善良な人柄との対比こそが、この肖像画の成功の要因である。「華麗なる宮廷ヴェルサイユ展」カタログ
18世紀フランスの肖像画家、ジョゼフ=シフレ・デュプレシによる、「ルイ16世」です。ボタンホールに金羊毛騎士団勲章が。
この勲章を下げた人々の肖像画は、これまにずいぶんご紹介しております。こちらでぜひ。
ひつじ(ヒツジ、羊)のニュース、画像(写真)、グッズ、サイト、牧場などを紹介するひつじサイト。あなたの好きな羊もたぶん見つかります。
王国全体における敬愛の対象として、また外交上の贈り物として、こうした肖像画は君主の容貌を広く伝える目的をもっていた。
(略)
仰々しいこれらの勲章とポーズからうかがえる善良な人柄との対比こそが、この肖像画の成功の要因である。「華麗なる宮廷ヴェルサイユ展」カタログ
18世紀フランスの肖像画家、ジョゼフ=シフレ・デュプレシによる、「ルイ16世」です。ボタンホールに金羊毛騎士団勲章が。
この勲章を下げた人々の肖像画は、これまにずいぶんご紹介しております。こちらでぜひ。
「あんたラバンとこ訪ねてきたかね。なに? ベエルシバから。遠いとこよくきたね」
「ラバンさん達者ですかね」
「はあ、達者だよ。おお、あすけ羊つれてくるなラバンとこの娘っ子だよ、ラケルちゅう」
むこうから好いたらしい娘が羊をつれてなにか小声に歌ってくる。日はまだ高い。彼らはこうして皆の羊の群が集るのを待ちあわせ井戸の口を塞いである石をのけて水かうことになっていた。彼女は見るから健康そうにびちびちとして、若さと愛くるしさが衣をとおして迸り出そうにみえる。ラケルはきた。そして旅人のいるのに気がついて歌をやめた。ヤコブはやおら井戸の口の石を転がして伯父ラバンの羊に水かった。
中勘助『鳥の物語』から、もう一話。
「トマス・マンも大作を書いた、『旧約聖書』の「ヨゼフとその兄弟」に取材した」(解説より)、「鷹の話」より、ヤコブのラケルの出会いの場面を。
「だが善い爺さんにゃちがいない。まだ一度も私らに弓をひいたことがない」
そんな噂をしながら見てるうちに羊の群の先に立ってとぼとぼと足を運んでた老人は急によろよろしたかと思うとばたりとうつ伏せに倒れてしまった。雁たちは思わず クワーッ と声をあげた。いつまでたっても起き上がらない。
「どうしたんだろう」
「いってみてやろうか」
「よしなさいよ。不意に立って射つけるなぞはよくある手だ」
と年寄の雁がいった。で、彼らは暫く躊躇してたがどうもおかしいので、なかで気の強いすばしっこいものだけがぱっと舞いあがっていって老人のうえに用心深く輪をかきながら様子を見た。本当らしい。そこでだんだん低く飛んでいよいよ息も絶えてることを確めてから老人のそば近く降り立った。羊の群はきょときょととしてそのへんをさまよっている。親切な雁たちは今は我身の危険も忘れてんでに老人の耳もとに嘴をさしつけて一所懸命呼び生けようとした。
中勘助の大人のための童話集『鳥の物語』から、第一話の「雁の話」を。
蘇武牧羊に材をとったお話が、天子のもとに蘇武の手紙を届けた雁の視点で語られます。
これまでの蘇武関連の記事は、こちらでぜひ。
趙孟頫(ちょうもうふ)に「蘇李泣別図」という作品があったことが、十七世紀の『好古堂書画記』などにしるされている。
現在は亡佚しているが、記述によれば、蘇武の衣を羊がくわえている図で、気韻生動の名品であるという。
李陵は奮戦もむなしく匈奴に降り、匈奴に重用された漢の将軍である。
蘇武は匈奴に使して抑留されること十九年、降伏をすすめられたが、最後まで漢の節を守った人物である。
李陵はかつて抑留地のバイカル湖畔に羊を牧していた蘇武を訪ね、自分のように降伏することをすすめたが拒絶された。
そのときの別れのさまを描いた大作だが、ひょっとすると、二胡羊図はそれの副産物だったかもしれないという説がある。
近人の李鋳晋氏は「羊の誇らしげなようすは蘇武の精神を象徴し、山羊の卑屈さは李陵のそれである」と述べている。
だが、まるまると肥っている潤筆の羊が降伏した李陵で、下からにらみあげている渇筆のアンゴラ山羊のほうが蘇武であるかもしれない。
趙孟頫自身は元に仕えたのだから、いわば李陵的人物である。
その彼が幻の名作「蘇李泣別図」を描いたのは、みずからの苦衷を表現したのであろうか。
陳舜臣の「中国画人伝」より、元初の趙孟頫による「二胡羊図」の章を。
以前お話したことのある蘇武牧羊のエピソードと絡んだ解説が、たいへん興味深いです。
本作品は、現在ダブリンのアイルランド国立美術館に所蔵される作品に基づいて、おそらくはルーベンス工房が制作した模写(レプリカ)であると考えられる。
ダブリンの作品は、同美術館に所蔵される《聖ドミニクス》と対を成していて、板に描かれ、様式的にルーベンスが工房の画家と1630年代中頃に制作した作である。「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」展カタログ
2013年4月21日(日)まで、東京渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」展に、工房作の「アッシジの聖フランチェスコ」が展示されています。
他にも、「聖母子と聖エリザベツ、幼い洗礼者ヨハネ」等、羊のいる絵画が数点見られます。東京展のあとは、北九州市立美術館と新潟県立近代美術館に巡回予定の模様。お近くならば、ぜひ。
Bunkamura ザ・ミュージアム
2013年3月9日─4月21日 開催期間中無休
10:00─19:00 (入館は18:30まで) 毎週金・土曜日21:00まで(入館は20:30まで)
北九州市立美術館
2013年4月28日─6月16日
9:30─17:30 (入館は17:00まで)
月曜日休館(但し月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌火曜が休館)
新潟県立近代美術館
2013年6月29日─8月11日
なお、これまでにご紹介しているルーベンスについては、こちらで。
ところで。
現在、東京ではもうひとつ、羊のいる美術作品の大物が見られる展覧会が開かれています。
上野の国立西洋美術館で、6月2日まで開催されるラファエロ展にて展示中の、ラファエロの「聖家族と仔羊」がそれ。カタログの解説を読んでいて知ったのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖母子と聖アンナ」のもとになった素描を参考にしている可能性があるのだそうですね。
こちらも、ぜひぜひ。
国立西洋美術館 「ラファエロ」展
2013年3月2日─6月2日
午前9時30分?午後5時30分
毎週金曜日は午前9時30分?午後8時
入館は閉館の30分前まで
月曜日休館(ただし、4月29日、5月6日は開館。5月7日は休館)
灰色の流行についてはドゥヴィーズの世界にも証言がある。
『騎馬試合の書』を著したアンジュー公ルネは、黒と灰色と白の三色を自らのドゥヴィーズとし、1437年のシャルル七世のパリ入市に際し、この三色を着た従者をしたがえて行列に加わったことが伝えられている。
1449年に彼は南フランスのタラスコンで「羊飼い女の武芸試合」を開催しているが、参加した20人の騎士のうち12人までが、黒か灰色か白、あるいはこの三色をドゥヴィーズの色としたと伝えられている。
試合は羊飼いの娘とのたわいない恋を歌った抒情詩、パストゥーレルに取材されたというから、灰色への好みは牧歌的なものへの憧れが源泉のひとつとしてあったのだろう。
以前お話したフランチェスコ会修道士のウールの服に見られるように、中世ヨーロッパにおいて清貧を象徴する色でしかなかった灰色は、15世紀以降に流行色となりました。その理由のひとつとして、先日ご紹介した「羊飼い女の武芸試合」の様子などを根拠に、牧歌的世界への憧れが挙げられるようです。
ドゥヴィーズについては、同じく「色で読む中世ヨーロッパ」から以下に引用を。
14世紀から15世紀の王侯貴族は、いわゆる家紋とは別に個人的な、多分に遊戯的なドゥヴィーズdeviseと呼ばれる紋章をもっていた。
(略)
いくらでも変更できるものだったし、複数の文様を使い分けることも可能で、武芸試合などの祝祭に合わせてそれをつくり、そこに心情的なものを込めることもあった。
19世紀フランス、ロマン主義的風景画の代表的画家。
自然から受ける印象を、大気の様子や光と影のコントラストで表現することを探求して、バルビゾン派や印象派の先駆者的存在となった。「近世ヨーロッパ絵画の軌跡」展カタログ
19世紀フランス、ポール・ユエの「アルク・ラ・バタイユの城のある風景」です。荒涼とした平原の手前に、風景にまぎれてしまいそうな羊の群れが。
1847年のトロワイヨンのオランダとベルギーへの旅行は彼の画業の転機となった。
オランダの17世紀の動物画家の例に倣うことで、彼は自然風景の中の家畜を描く画家のスペシャリストとなり、1860年までにはヨーロッパ随一の動物画家と見なされるに至った。「アイルランド国立美術館所蔵19─20世紀フランス近代絵画展」カタログ
19世紀フランス、コンスタン・トロワイヨンの「トックの谷」です。
これまでにご紹介しているトロワイヨンは、こちらで。影響を受けたオランダの動物画家については、「小さな群れ」をご紹介したときに触れたことがありますので、ご参考にぜひ。
この納屋の内部は彼がめったに扱わない主題であったが、農民の生活を描いていながら、その静けさと安らかさは夢幻的でさえある。
実地のメモによると、晴れてはいるが冷え込む秋の日も、彼はこっそり座って、形態にあたっった光の効果を研究し続けることを許されていたようだ。「アイルランド国立美術館所蔵19─20世紀フランス近代絵画展」カタログ
ジャン=バティスト・コロー、最晩年の作品である「納屋の内部」です。
翌朝、アプロディーテーがプシューケーを呼び出して、こう言った。
「あの川辺に広がる小さな森をご覧なさい。
あそこでは羊たちが羊飼いもいないのに草を食んでいるわ。
その体には山吹色に輝く毛がついているのがわかるでしょう。
お前はそこに行って一頭ずつ、毛を刈り取り、その高価な羊毛のサンプルを私に持ってきなさい」
プシューケーは素直に川岸に赴き、最善を尽くしてこの命令を実行しようと心掛けるのだった。
しかし、川の神が周辺に群生している葦に霊気を吹き込んで、リズミカルに囁くような声を発しており、その声はこんな風に言っているようであった。
「まあ、厳しい目にあっているお嬢さま、ここの危険な川を渡ったり、向う岸にいる恐ろしい牡羊の群れに入ってはいけません。
あの羊たちは昇る朝日の光を体に浴びていると、残忍なほど怒り狂って、その鋭い角や荒い歯で人間を殺します。
けれど、真昼の太陽が輝く頃は、木陰に追われて、おだやかな川の精が羊たちに休息を与えてくれます。
ブルフィンチのギリシア神話から。
美神アプロディーテーに憎まれた美女プシューケーは、女神からいくつかの試練を与えられます。引用はそのひとつ、凶暴な羊から毛を手に入れるというもので……?
ブルフィンチからの引用は二度ほどしておりますので、こちらでご参考にぜひ。
紀元前730─727年頃
縦 190.0、 横 195.0、 厚 16.0
(略)
都市が陥落して、その住民たちが連行されていくところが描かれている。
棍棒を持ったアッシリアの兵士が四人の捕虜を追い立てており、捕虜たちは財産を入れた麻袋を肩にかついでいる。
(略)
画面上部では、別のアッシリア兵が尾の太い羊を追い立てている。「大英博物館 アッシリア大文明展─芸術と帝国」カタログ
1634年にルーベンスの門に入り、同年アントワープの聖ルカ組合に親方として認められた。
当時権勢が強大であったルーベンスの影響とバン・ダイクの影響が、はっきりとこの作品にあらわれている。「黄金の17世紀フランドル絵画展」カタログ
17世紀フランドルのフランス・ブーテルによる「キリストへの天使の贈物」です。
影響を与えたとされるルーベンスについては何度かお話しておりますので、こちらで。
他にフランドルの同時代人としては、ヨルダーンスの「聖アンナ、若い洗礼者ヨハネおよびその両親といる聖家族」などをご紹介しています。
泉が湧き出で、集まって小川となり流れおちる。
山峡や山腹や草地はもう緑になっている。
断続する平野の幾多の丘のうえには、
羊が散らばって進むのが見えましょう。
(略)
静かな木陰には生温かい母乳が湧いて
子供や子羊の飲むのを待っているし、
平地の熟した食物である果実も手近にある。
また洞になった木の幹からは蜂蜜が滴る。
ゲーテの「ファウスト」第二部第三幕から。
ファウストが理想の美女ヘーレナを得て、楽園アルカディアにひとときを過ごす場面です。
ゲーテのお話は何度かしておりますので、こちらでぜひ。
「腐蹄病?」 彼女は持ってきた四半期の台帳を繰った。
「タールの支払いがありませんね」
荘園執事は体重をもう片方の足に移しかえた。「羊飼いの報告が遅くて、感染した羊の足を治療するためのタールを買う暇が─」
「あなたは荘園執事でしょう。責任は羊飼いのジョンではなく、あなたにあります。第一、感染が広がる前に治療できるだけのタールを、つねに備えておくべきでしたよ。何頭の羊が死んだんです?」
シンプソンはまた大きな体を動かし、左手をぴくぴくさせた。「八……十頭です」
キャスリンは背筋を伸ばした。 「どっちです、シンプソン? 八頭、それとも十頭?」
荘園執事は何度か左手を開いたり閉じたりして、つぶやいた。「十頭です」
二百五十ポンドの羊毛が失われた! あてにしていた二百五十ポンドが。
十四世紀イングランド、ワット・タイラーの乱前夜の重苦しい時代を舞台にした歴史ロマン、「聖書の絵師」から。小説の冒頭、ヒロインの女領主キャスリンと敵役の執事との、胃にこたえる会話です。
次にブレイドはメララの隣のヒツジに目をやった。
「それは一体? 家の中で粗相をされると困るんだが」
するとそのとき、メエ、メエエエ、と喉を慣らすように鳴いてから、ヒツジがひずんだ声で答えた。
「ブ─ブレイド・ヴァンディ、君たちがヒツジの落とし物を忌々しく思っていることは、ザリーカの時代からよく知ってる。ちゃんと砂箱で用を足すから心配はいらないよ。ひとまずぼくたちと手を結んでくれないか」
毎回、新刊を待ちかねて読む小川一水の大河SF「天冥の標」シリーズが、第六巻(分冊の巻があるので九冊目ですが)にしてついに中盤戦を終えたようです。
五百年に渡る宿怨、人類社会の危機、共存を求めてなおあがく人々。そしてヒツジ(いえほんとに)。