ケン・フォレット 「大聖堂」

ひつじ話

「わたしたちは、なにか仕事をしなければならないの。仕事をして食い扶持をかぜぎ、お金をかせぎ、あなたにふさわしいりっぱな馬を買わなければならないのよ」
「ということは、ぼくに職人の徒弟になれっていうの?」
アリエナはかぶりを振る。「あなたは騎士になるのよ、大工じゃないわ。わたしたち、手にこれといった職もないのに、人に使われず暮らしを立てている人に会わなかったかしら?」
「会ったよ」と、リチャードがだしぬけにいった。「ウィンチェスターのメグだ」
そのとおりである。メグは徒弟奉公をしたわけではないのに、りっぱに羊毛商を営んでいる。だが、メグは市場に出し店をもっているのだ。
ちょうど、さっき道を教えてくれた赤毛の農夫の家のまえを通りかかった。
すでに毛を刈られた四頭の羊が、草地の草を食んでいる。
農夫は刈った四頭分の羊毛を、葦の縄でくくっているところである。
通りかかった姉弟に気づくと、手をふってみせた。
彼のような人びとが、羊毛を町にはこんでゆき、羊毛商人に売るのである。
商人は当然、その商いのための店を構えていなければならないが……
当然、だろうか?
アリエナの頭に閃くものがあった。

十二世紀のイングランドを舞台にした、ケン・フォレットの大河小説「大聖堂」より。
ヒロインのひとりである没落貴族アリエナが、のちに羊毛商人として大成するにいたる、その転機となる場面です。

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プトレマイオスの天文学著作集

ひつじ話

プトレマイオス プトレマイオス(部分)
コンスタンティノープル、813─820年
羊皮紙、95葉
28×20センチ
ヴァチカン図書館
(略)
この写本は、2世紀中頃アレクサンドリアで活躍した、ギリシャの天文学者、地理学者クラウデオス・プトレマイオスの天文学書を編集した、250年頃の写本に基づいて制作されたのである。

「ヴァチカン美術館特別展 古代ギリシャからルネッサンス、バロックまで」

9世紀の写本の挿絵です。中央の太陽神を、時間と12ヶ月の擬人像、さらに黄道十二宮が取り巻いています。
これまでにご紹介している十二宮関係の記事は、こちらで。

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カーレン・ブリクセン 「指輪」

ひつじ話

美しい七月の朝だった。
空には軽いひつじ雲が漂い、大気は甘い香りに満ちている。
リーセは白いモスリン・ドレスとイタリア製の大きな麦藁帽という装い。
夫妻は庭を曲がりくねっているロマンチックな小道をたどった。
それは野道になって、牧場を越え、高い木立ちを抜け、小川を越え、小さな森の脇を通って羊囲いまで続いている。
シギスムンは今日、リーセに羊を見せることになっていた。
だから彼女も、今回にかぎって白い小型犬のビジュを家に置いてきた。
子羊に吠えついたり、牧羊犬と喧嘩になるといけないから。
荘園の羊は特にシギスムンの自慢の種だった。
彼はメクレンブルクとイングランドで羊の飼育を学んだことがあり、自分のデンマーク種の羊を品種改良するため、コッツウォルド種やドイツ種の雄羊を持ち帰っていた。
その計画には大きな可能性と幾多の困難が待ち受けていることを、道々妻に説いて聞かせた。
妻は思った。「何て賢いこと! いろんなことを知っているわ!」それと同時に考えた。
「羊といると、小僧っ子じゃないの! 赤ちゃんよ! わたしのほうが百歳年上だわ」

カーレン・ブリクセンの短篇集『運命綺譚』より、「指輪」の冒頭部です。幸福な新妻と、羊泥棒によって象徴されるこの世の罪業や悲哀との邂逅。

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ペルセポリスの羊頭の装飾品

ひつじ話

装飾品
宮廷に使えた職人たちは美しい装飾品を作り出した。
羊の頭をかたどった装飾品は、職杖などに使われたと思われる。

 「ナショナルジオグラフィック日本版2008年8月号」 

イランのペルセポリス出土の装飾品です。

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オデュッセウスの描かれたクラテル

ひつじ話

牡羊の腹にしがみつくオデュッセウス
サッフォーの画家、クラーテル、BC500年頃
牡羊と共に食人鬼から逃れるオデュッセウス神話にも、犠牲と死との邂逅およびそれからの脱出が凝縮された形で見られる。
古層の伝承では逃亡は犠牲にされた牡羊の皮に潜り込んでなされたのだった。

ヴァルター・ブルケルトの「ホモ・ネカーンス」に、オデュッセウス神話の考察にからんで、オデュッセウスがキュクロープスから逃れる場面が描かれたクラテルの写真が添えられていました。
羊の描かれたクラテルは、少しだけご紹介したことがあります。こちらでぜひ。

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カプセルラ・アフリカーナ

ひつじ話

カプセルラ・アフリカーナ
5世紀末─6世紀初頭

縦16.3センチ/横7.5センチ/高10.7センチ
ヴァチカン図書館(宗教美術館)
(略)
打ち出し技法および彫銀技法による、この聖遺物匣は1884年に、アルジェリアの初期キリスト教時代の教会堂遺跡で発見されたために、「アフリカの小匣」と呼ばれているのである。
その制作地については、北アフリカ説と北イタリア説が提唱されている。

「ヴァチカン美術館特別展 古代ギリシャからルネッサンス、バロックまで」

初期キリスト教の銀器です。側面に、十字架を背負った神の子羊が。
「神の子羊」モチーフ関係の記事はこちらで、初期キリスト教美術関連はこちらでぜひ。

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アルベルト・カイプ 「平原の眺め」

ひつじ話

「平原の眺め」

「ダリッチ美術館所蔵 ルーベンスとバロック絵画の巨匠たち」展カタログ

17世紀オランダのアルベルト・カイプによる「平原の眺め」です。

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チベット仏教のセテル儀礼

ひつじ話

セテル儀礼
[1] さきほどゲルの外側で待機していた羊を、B氏は香と水で清め始める。
(略)
[2] その間に僧侶は読経する。しばらくしてから、ザラム(リボン)の用意を命じる。5色が必要だという。
(略)
[3] 僧侶は今度は水を要求する。(略) 僧侶は、女性がもってきた水の入った椀の中に、ゆっくりと米粒を入れる。度胸は続く。
[4] しばらくしてから僧侶は、羊をゲルの中に連れてくるようにB氏に命じる。それを聞いて女性は、すぐ小さな絨毯をすばやく僧侶の近くに敷いた。B氏はゲルの外で待機していた羊を、ゲルの中に連れて入ってくる。そこで、僧侶はさらに、バターを要求する。僧侶はまず、ザラムを羊の首に結びつける。それから女性がもってきたバターを、羊の額、鼻、両耳、四肢、背中、尾まで塗っておくように、B氏に命じる。
(略)
[5] 「では、これで、いい」と僧侶は言う。読経は終了した。「このセテルに名前をあげよう。立派な名前を」と僧侶は言う。そこで、B氏は、前から用意していたかのように、即答する。「では、バヤンサンという名前にしましょう」。僧侶は答える。「よし、バヤンサンとしよう」。それから僧侶は祈る。「バヤンサンという白いセテルは、多くのケシゲを呼び寄せるように」。

ずいぶん以前にお話したことのある、チベット仏教系の牧畜地域で行われる家畜の聖別儀礼「セテル」について、「人と動物、駆け引きの民族誌」に式次第が報告されていました。
家庭に不幸があったときなどに任意に行なうもので、セテルすることでケシゲ(福)を呼べるのだそうです。日本人でいうと、厄年に氏神様でお祓いをするような感覚でしょうか?
ちなみにバヤンサンは、その後普通に群れに戻されたようです。売ったり屠ったりしないのはもちろんですが、ペットにするわけでもないのですね。

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デューラー『黙示録』より「子羊のような二本の角を持つ獣」

ひつじ話

「二本の角を持つ獣」

 「ドイツルネサンス版画の最高峰 デューラー版画展」カタログ 

アルブレヒト・デューラーの木版画シリーズ『黙示録』より、「子羊のような二本の角を持つ獣」です。
「ヨハネの黙示録」第十三章にある、「わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには子羊のような角が二つあって、龍のように物を言った」のくだりを描いたものかと。
これまでにご紹介しているデューラーは、こちらで。

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羊毛めんどり(続き)

ひつじ話

羊毛めんどり
《羊毛の皮を着た雌鳥》、マンデヴィル

先日お話した「中世の妖怪、悪魔、奇跡」に、以前、ジョン・アシュトンの「奇怪動物百科」をご紹介したときに触れた「羊毛めんどり」の絵がおさめられていましたので、あらためて。

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人狼譚としての「迷い羊」

ひつじ話

カナダではほかに「迷い羊」が好んで人狼譚として語られる。
夜遅く家路を急いでいると羊が一頭道ばたにはぐれている。
そのあたりの農園の羊が迷ってしまったのだろうが、このままでは狼の餌食になる。
かついでいって、あしたになったら近所の家で心当たりがないかどうか聞いてみよう。
そこで肩にかついでゆくと、はじめは軽かったのがだんだん重くなる。
やがて家がすぐそこというところまで来ると、かついでもらってありがとうといって逃げてゆく。
近くの農園の男が羊に化けて「ただ乗り」をしたのだ。

人狼にかかわる伝承を大量におさめた「人狼変身譚」に、なんだか愉快なお話が混じってました。
人狼というか、おんぶおばけというか、しかも正体はご近所さんって……ありがとうって……。

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レオン・フレデリック 「アッシジの聖フランチェスコ」

ひつじ話

「アッシジの聖フランチェスコ」 「アッシジの聖フランチェスコ」(部分)
アッシジの聖フランチェスコは、フレデリックが生涯繰り返し描いたテーマである。
(略)
描かれている自然は、イタリアのアッシジではなく、フレデリックが生涯愛した、ベルギー南部ワロニーのアルデンヌ地方の風景と考えられている。

何の気なしに岐阜県美術館の「象徴派」展を訪れてみると、羊の絵と遭遇してしまいましたので、泡を食ってご報告です。
レオン・フレデリックによる「アッシジの聖フランチェスコ」、姫路市立美術館所蔵。
2012年8月26日までの開催です。あさってでおしまいなのですが、ご縁がおありでしたら、ぜひ。
岐阜県美術館のあとは、2012年9月8日?10月21日の期間に新潟県立近代美術館、2012年11月3日?12月16日は姫路市立美術館を巡回するようです。
なお、聖フランチェスコを描いたものは、以前、フランシスコ・リバルタの「奏楽の天使に慰められる聖フランチェスコ」をご紹介したことがあります。

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ピロストラトス 「英雄が語るトロイア戦争」

ひつじ話

大アイアスの霊のこと
家畜の群れに生じる災害は全てアイアスが原因だと人々は言っています。
たぶん彼の狂気に関する話のせいでしょう。
彼は家畜たちに襲いかかって略奪し、あたかも武器の裁定のことでギリシア人たちを殺害しようとするような振舞いに及んだわけですから。
また彼の墓の周りで放牧する者もいません。
そこに生え出る草は有害で、家畜を養うのにはよくないということで、その草を恐れているのです。
こんな話があります。
トロイアの羊飼いたちが、家畜に病が生じたとき、アイアスを侮辱するため墓の周りに立って、この英雄はヘクトルの敵だ、トロイアとその家畜の敵だと叫び、ある者は、彼は狂人だったと、またある者は、今でも狂っていると口走りました。
さらに別のいちばん不敵な羊飼いが、彼に向かって叙事詩の句を
 アイアスはもうとどまらなかった
という箇所までそらんじて、彼を臆病者とそしったところ、墓の中から彼が、
 いや、俺はとどまった
と、恐ろしいはっきりした声で叫び返したのです。

3世紀のギリシア人ピロストラトスによる、トロイア戦争で死んだ英雄がよみがえって戦の真相を語る物語「英雄が語るトロイア戦争」から、以前、ソポクレスの悲劇「アイアス」でお話した大アイアスにまつわる一章を。

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マンデヴィル『東方旅行記』より「羊を産む木とガチョウを産む木」

ひつじ話

羊とがちょうの交換 羊とがちょうの交換(部分)
マンデヴィルはこの話を取り上げて、次のような結論を下す。
「だが私は、彼らにそれは大した奇跡だとは思わないと言った。
なぜなら、我々の国のある種の木は、鳥が出てくる実をつけ、しかもその実は、非常においしいからだ。
この場合、地上に落ちた鳥はまもなく死んでしまう」
オドリックと同様マンデヴィルも、一つの奇跡を正当化するために別の奇跡を使う。
というより、二人はともに、植物性の羊の奇跡があるのはアイルランドにガチョウを産む木があるからだと考えている……。

ときどきお話している植物羊関係でひとつ。
マンデヴィル「東方旅行記」の中で、植物羊と、それに対応するとされるアイルランドのガチョウのなる木の伝説を説明する挿画です。

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『ホメーロスの諸神讃歌』より「ヘルメース讃歌」

ひつじ話

そこで一匹の亀を見つけたが、これは大層な宝を手に入れたというもの、
ヘルメースこそが、最初に亀を歌奏でる具としたのだから。
(略)
葦の茎をそれぞれ程よい長さに切ると、
亀の甲羅を差し貫いてしっかり取りつけた。
その上から巧みをこらして牛の皮を張りまわし、
腕木を造りつけ、横木を渡して固くとめ、
よく鳴り響く羊腸の弦を七本そろえて張った。
さて、神はこうして愛らしい玩具を仕上げると、
それを手にとって、撥で弦を順番に試してみた。
すると竪琴は神の手の下で、驚嘆すべき音を立てた。

ヴァイキングの笛に続いて、羊素材つながりでもうひとつ。
「ヘルメースを讃め歌え、キューレーネーと羊多いアルカディアを統べる神」とのフレーズではじまる、古代ギリシアのホメーロス風讃歌「ヘルメース讃歌」から、ヘルメースによる竪琴の発明を語るエピソードです。

記事を読む   『ホメーロスの諸 ...

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