ヴァイキングの笛

ひつじ話

ヴァイキングの笛

先日のブリューゲルの「子どもの遊戯」距骨のサイコロについてなど、羊の骨をつかった遊びについてはなんどかお話しているのですが、娯楽つながりということでもうひとつ。スウェーデン出土のヴァイキングの笛のようです。

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ヴァザーリ『芸術家列伝』より「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

ひつじ話

彼はしばしば羊の小腸を念入りに脱脂し、洗い浄めてたいへん薄いものにし、手のひらに納まるようにした。
それから隣の部屋に鍛冶屋が使うふいごを置き、腸の先をこれにつけて空気を吹き入れた。
するとそれは、たいへん大きなレオナルドの部屋いっぱいにふくらみ、居合わせた人々は隅の方に押しやられ、小さくならなければならなかった。
そして彼は、初めは小さかったのに大きな空間をしめることになった透明で空気のいっぱい詰まったこの腸を示し、徳もまたこれと同じことだと言った。

以前、ジョットの評伝をご紹介したジョルジョ・ヴァザーリによる、レオナルド・ダ・ヴィンチについてのエピソードです。
他にも、友人たちを驚かすためにおそろしげな装飾をつけた蜥蜴を飼っていたとか、部屋に資料として持ち込んだ動物の死骸の悪臭に気が付かなかったとか、はた迷惑そうなお話が満載されてます。ほんとにこんな人だったんでしょうか。

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ブーシェ 「羊飼いの娘イセに神であることを明かすアポロン」

ひつじ話

「羊飼いの娘イセに神であることを明かすアポロン」 「羊飼いの娘イセに神であることを明かすアポロン」(部分)

先日ご紹介した「変身物語」にあるアラクネのお話のなかで、一行だけの挿話として記されるイセとアポロンのエピソードが、フランソワ・ブーシェによる華やかな神話画になっていました。
まず、この挿話をもとにしたオペラが存在し、それにあわせた装飾画であるとのことなのですが、いやでも、どうやってあれがこれに……。
これまでのブーシェは、こちらで。

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『変身物語』より「アラクネ」

ひつじ話

アラクネは、織り進む。
ユピテルが、こんどはサテュロスに身をやつして、美しいアンティオペに双生児を見ごもらせたこと、(略)羊飼いとなってムネモシュネを、まだらの蛇となってプロセルピナをだましたこと─そんな場面が加えられてゆく。
海神ネプトゥーヌスも、あらあらしい雄牛に変じて、アイオロスの娘を籠絡し、河神エニペウスの姿でアロエウスの妻を身ごもらせ、雄羊となってビサルテスの娘をたぶらかした。
(略)
そこには、アポロンも登場する。
野人の姿をしているかとおもうと、隼の翼に包まれたり、獅子の皮をかぶったりもしている。
マカレウスの娘イッセをだましたときは、羊飼いに化けてもいた。

オウィディウス『変身物語』から、アラクネとミネルウァ女神の機織り勝負の物語を。
神々の非行を描いたタペストリーを織り上げ、女神に懲罰を受ける織手アラクネのお話ですが、どうも神々は悪事をはたらくときに羊飼いに化けがちのようです。
ネプトゥーヌスとビサルテスの娘のお話は、以前触れたことがありますね。

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ソポクレス 「オイディプス王」

ひつじ話

オイディプス  ここにいるこの男のことだ。会ったおぼえがあるか?
羊飼いの男  はて、すぐには思い出せませぬが。
使者  無理もございませぬ、王さま。それではこのわたくしめが、わかりかねているこの男に、はっきりと思い出させるようにいたしましょう。あのころのことを、どうしてこの男が、まったく忘れてしまったはずがありましょう。
─そのころわたしどもはキタイロンの山間で、この男は二群れの羊たちの番をし、わたくしは一群れの羊に草を食ませながら、共に日を送ったものでございます。春からはじまって、アルクトゥロスの星が、暁の空に瞬きはじめる秋がやって来るまで、たっぷり半年のあいだを、わたくしはそのようにして、彼といっしょに三度びもくりかえし過ごしました。そして、やがて冬になると、わたしくは自分の羊たちを追って故郷の羊舎へ、この男はこの男で、ライオスさまのところの囲いの中へ、それぞれ連れ帰るならわしになっておりました。
[羊飼いの男に]そうであったな? それともわしは、ありもしなかったことを申しておるか?
羊飼いの男  たしかにお前の言うとおりだ。遠いむかしのことではあるが─。
使者  さあそれでは、いまこそ答えてくれ。あのころお前は、ひとりの赤子をわしに渡したのを、覚えているであろうな─これをわが子同様に、育ててくれと申して?

ソポクレスの悲劇「オイディプス王」を。
自らの出生の秘密を明らかにすることで、それと知らず破滅へと近づくオイディプス王と、真実を知りながら告白をためらう羊飼いの男とのやりとりです。
ソポクレスについては、以前、「アイアス」をご紹介しています。

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ルーベンス 「虹のある風景」

ひつじ話

「虹のある風景」

ピーテル・パウル・ルーベンスのエルミタージュ美術館所蔵「虹のある風景」が、現在、日本を巡回中です!

会期  2012年7月28日(土)?9月30日(日)
開館時間  午前9時30分?午後5時、金曜日は午後8時まで。(入場は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(ただし9月17日(月・祝)開館、9月18日(火)休館)
特別開館  8月13日(月)、9月24日(月)

10月10日(水)?12月6日(木)
午前9時から午後5時まで(入場は午後4時30分まで)
*10月26日(金)?10月28日(日)は午後8時まで開館(入場は午後7時30分まで)
休館日 月曜日

お近くならば、ぜひぜひ。
展覧会カタログには、オウィディウス『変身物語』における「黄金時代」のイメージを描いたものであるとの解説がありましたので、相当すると思われる部分の引用を下に。

常春の季節がつづくのだった。
そよと吹く西風が、なまあたたかいその息吹で、種もなしに自生した花々を愛撫していた。
やがて、大地は、耕されもしないのに、穀物をさえもたらすのであった。
田畑は、掘り返されないでも、豊かな穂先で白く光っていた。
乳の河が流れるかとおもえば、甘露(ネクタル)の流れが走り、青々したひいらぎからは、黄金色の蜜がしたたっていた。

なお、これまでにご紹介しているルーベンスについては、こちらで。

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中世日本のなぞなぞ

ひつじ話

ひとつかうじを とゝりかうとる     ひつじ
(略)一つきりしかない柑子(こうじ)を、取ったり置いたり、大切がってなかなか食べようとはしないとの意。
(略)解は、ヒトツカウジからト・カウを取ると、ヒツジ。

 なそたて 

ひつじ 何ぞ     馬の尾
羊に対して馬を置いたのが、働き。解、十二支の未は午のあと。

 寒川入道筆記 

16,7世紀頃に作られたなぞなぞ集録本を網羅した「中世なぞなぞ集」から、ひつじの出てくるものを。

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ブリューゲル 「十字架を担うキリスト」

ひつじ話

「十字架を担うキリスト」 「十字架を担うキリスト」(部分)

昨日に引き続いて、ピーテル・ブリューゲルを。ウィーン美術史美術館所蔵の「十字架を担うキリスト」です。左前景、兵士たちに連行されるキレネ人のシモンの足元に羊が。

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ブリューゲル 「子どもの遊戯」(続き)

ひつじ話

「子どもの遊戯」 「子どもの遊戯」(部分)
「指骨遊び」は豚、牛、羊などの指骨の一部(基節骨)を壁面に沿って一列に並べ、一定の距離から投げ当てるという一種のボーリング遊びである。

ピーテル・ブリューゲルの「子どもの遊戯」から、画面中央奥の建物の壁際で遊んでいる子どもたちについて。
こちらの絵は、以前、「お手玉遊び」の部分をご紹介しているのですが、あらためてこちらも。
また、これまでにご紹介しているブリューゲルについては、こちらで。

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アイソーポスの肖像

ひつじ話

アイソーポスの肖像

寓話集などをなんどかご紹介しているイソップ(アイソーポス)の姿を描いた、15世紀末の版画を。醜い外見をしていたと言われているのでそのように描かれていますが、にぎやかな背景のほうがむしろ気になります。
これまでのイソップ関連記事は、こちらで。

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サミュエル・パーマー 「眠る羊飼い」

ひつじ話

「眠る羊飼い」
パーマーはウェルギリウス作『牧歌』の新版(1821年刊行)にウィリアム・ブレイクが寄せた一連の木版画について、「濃密な詩情の精妙な調子を見事に表した」ものと評したが、稠密で暗い細密表現の影響はパーマー自身の描いた田園風景、たとえばこの《眠る羊飼い》にも認めることができる。
「マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵 巨匠たちの英国水彩画展」カタログ

19世紀英国のサミュエル・パーマーによる「眠る羊飼い」を。
パーマーは、ウィリアム・ブレイクに強い影響を受けています。これまでご紹介したブレイクは、こちらに。ウェルギリウス『牧歌』については、こちらで触れたことがあります。

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シュトルム 「雨姫」

ひつじ話

シュティーネは紡ぎ車をおいて立ちあがると、がっくりしおれていいました。
「やっぱりそうだった。マーレン、あんた、アンドレースの背中にしょってるものが見えなくって? またヒツジが一匹、かつえ死にしたんだよ。」
まもなく、わかいお百姓のアンドレースが部屋にはいってきて、死んだヒツジをどさりと、母親とマーレンの目の前におきました。
「ごらんよ。」
アンドレースはしずんだ声でいって、かっかとほてるひたいの汗を、手でぬぐいました。
ふたりの女は、ヒツジの死がいよりもアンドレースの顔を、じっと見やりました。
「あんまりくよくよしないでね、アンドレース。」 マーレンはいいました。 「あたしたち、雨姫さまを起こすつもりなの。そしたらまた、なにもかもよくなるわ。」

テオドール・シュトルムの童話集『たるの中から生まれた話』より、「雨姫」を。
日照りの続く夏のさかり、雨をつかさどる女神を目覚めさせようと旅に出る少年少女の物語です。

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ビアス 「ぼくの快心の殺人」

ひつじ話

伯父のウィリアムはその界隈全域で喧嘩早いので有名な雄羊を一匹所有していました。
その雄羊は慢性的に、気質的に、憤怒の状態にあったのです。
生れたての頃なにか深い失望を経験し、そのため気質が大変難しくなり、全世界に向かって宣戦を布告していたのです。
近づけるものにならなににでも頭からぶつかっていくと言うのは、その羊の軍事活動の性質と範囲をほんの控え目に表現しただけにすぎません。
それは空中に跳びあがって天使か悪魔のように戦うのです。
鳥のように空気を切り、抛物線を描いて、自分の速度と体重を最も有効に生かす落下角度からそのいけにえにぶつかるのです。

アンブローズ・ビアスの短篇集から、「ぼくの快心の殺人」を。
引用部分は、伯父を殺した主人公の悪党が、自分の使った快心の凶器について説明する場面です。つまり、哀れなウィリアム伯父を木に吊るしておいて、そこに頭突き羊をおびきよせてこう……。

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ロシア民話 「暁、夕べ、夜ふけ」

ひつじ話

勇士たちは旅に出た。
ひと月、二月、三月と馬をすすめていき、広々とした荒野にさしかかった。
その荒野を超えると深い森があり、森のはずれに一軒の百姓家が立っていた。
窓をたたいても返事がないのではいってみると、家の中にはだれもいなかった。
「それではしばらくここに泊って、旅の疲れを休めるとしよう」
そこで着物をぬぎ、神さまにお祈りをしてから横になって寝た。
あくる朝、末の弟の暁が長兄の夕べに言った。
「おれたち二人で狩に出るから、兄さんはうちにのこって食事のしたくをしてくれ」
上の兄は承知した。
家のそばに羊がいっぱいいる家畜小屋があったので、夕べは深く考えもせず、とびきり上等な雄羊を選び出すとそれを殺して皮をはぎ、食事に出すために焙りはじめた。
すっかり用意をすませてから、ベンチに横になって休んでいた。
そこへ突然どんどんと戸をたたく音、ごろごろと雷が鳴るような音がして、戸がぱっとあいた。

「羊飼いの娘」「動物たちの冬ごもり」をご紹介いている、アファナーシェフ編纂のロシア民話をもう少し。
暁と夕べと夜ふけに生まれ、そのとおりの名をつけられた三人の兄弟が、三人の王女を手に入れるまでの冒険譚(というか……)。

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プリニウス「博物誌」植物篇

ひつじ話

農業に由来する姓や言葉
(略)
「財産」(ペクニア)という言葉も「家畜」(ペクス)に由来するし、さらには、今日でも監察官の文書においては、国家の財源を「牧場」(パスクア)と呼んでいる。
長い間、牧場は唯一の国庫収入の財源であったからである。
罰金もまた、ヒツジやウシの支払いだけで定められていた。
(略)
セルウィウス王(ローマ第六代目の半伝説的王)が初めて、銅貨にヒツジとウシの像を刻印した。
ラセルピキウム
これらのすぐ次には、重要な植物としてよく知られているラセルピキウムを語るのがよいであろう。
それはキュレナイカ属州で発見され、ギリシア人たちはこれをシルフィオンと呼んでいる。
この汁はラセルと呼ばれ、薬用としてとても有益で、同じ重さのデナリウス銀貨で取り引きされた。
だがその地で最近しばらくラセルピキウムは見つかっていない。
かつてそこを牧場として貸借した収税役人たちが、もっと儲けがあると考え、家畜の飼料にして荒らしてしまったからである。
われわれが記憶している限りでは、茎が一本だけ発見されてネロ皇帝のもとに送られた。
もし家畜が生え出しそうなラセルピキウムを見つけたとき、それは次の様子でわかるであろう。
すなわち、ヒツジはそれを食べるとすぐに眠ってしまうし、ヤギはくしゃみをすることによって。

何度かご紹介している、プリニウスの「博物誌」の植物篇からもう少し。

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