カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ 「虹のある風景」

ひつじ話

「虹のある風景」 「虹のある風景」(部分)
フリードリヒの絵画では自然と人間とは同一性のなかで融合するのではなく、むしろ異質な個々の存在として向き合う。
このような自然への距離感は、《虹のある風景》(1810年)にも感じ取ることができよう。
この作品は、一般にゲーテの詩、「羊飼いの嘆きの歌」(1802年)を風景画に表したものと伝えられてきた。
(略)
両者を比較してみると、描かれた対象のいくつかに共通性は見られるものの、フリードリヒの風景画とこの切ない恋の詩には本質的な違いがある。
フリードリヒの羊飼いはゲーテの詩のように悲しみとともにいわば自然の大海に沈み、自然の一部と化す存在ではなく、むしろ、眼の前に広がるリューゲン島の自然を凝視し、見る行為によって積極的な主体性を得ている。

昨日のゲーテ「羊飼いのなげきの歌」に続いて、この詩に関係が深い絵画を。同時代人であるカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの「虹のある風景」です。

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ゲーテ 「羊飼いのなげきの歌」

ひつじ話

山の高みから
杖にもたれて
ぼくは何度
谷間を見おろしたことだろう
番犬にまかせた
羊のむれのあとから
ひとりぼくは山をおりた
ぼんやりと重たい足どりで
牧場は一面
きれいな花が咲きみだれていた
誰におくるとも知らず
ぼくは花を摘んだ
ぼくは木かげで
しぐれを避けた
むこうの家の戸がしまっている
みんなはかない夢だったのだ
家のうしろの空を
きれいな虹が彩っている
だがあの人はもういない
遠くどこかへ行ってしまった
ひろい世界へ去ってしまった
たぶん海の彼方かもしれぬ
羊たちよ 黙ってゆけ
ぼくは悲しくてならぬのだ

「西東詩集」をご紹介している、ゲーテの詩をもう一篇。「羊飼いのなげきの歌」を。
ゲーテ関連では、他に、エッカーマン「ゲーテとの対話」にあるルーベンス評及びバイロン評についてお話をしています。

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ヘント祭壇画(続き)

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灌木や針葉樹が繁茂し、さまざまな花が美しく咲く緑野で、神秘の子羊への礼拝が厳粛に行われている。
神の子羊の頭上に精霊の鳩があらわれ、そこから幾条もの金色の光が四方に放射して、輝かしい世界―天のエルサレムを照らし出している。
祭壇に立つ神の子羊の頭部も輝き、その胴からは聖血が聖餐杯に注いでいる。
祭壇の前部にラテン語の銘文があり、「視よ、これぞ世の罪を除く神の子羊」(ヨハネ伝一・29)とある。
(略)
下段の中央パネルは、黙示録の幻想(とりわけ五、七、二一、二二章)にもとづく描写である。
聖霊と子羊が放射する輝かしい光を受けたこの緑野は、まさに「都は日月の照すを要せず、神の栄光これを照し、子羊はその灯火なり」(二一・23)という「新しいエルサレム」の幻影である。
そして祭壇上の神の子羊を囲む聖人、殉教者、長老たちは、世界の四隅から集まって神の栄光を讃える「もろもろの国、族、民、国語」(七・9など)をあらわす。
むろん、渇いた者のための「生命の水の泉」も、黙示録の幻想に由来する。

数年前から、ファン・エイク兄弟によるヘント祭壇画のうち、下部中央パネルの「神秘の子羊」、外部パネル下段の「洗礼者ヨハネ」、内側左上角の「カインとアベル」「神秘の子羊」の横に立つ聖女アグネスと、羊のいる部分をご紹介してきているのですが、今更ながら、フランドルの祭壇画についての解説書から、その主題についての説明を。

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トロワイヨン 「羊と羊飼いのいる風景」

ひつじ話

「羊と羊飼いのいる風景」 「羊と羊飼いのいる風景」(部分)
羊の群(他の作品では牛の群であったりもする)は画家の最も気に入りのモティーフの一つだが、この作品では荷籠を運ぶロバに乗った農夫に伴われ、道をやって来る様が描かれている。
こうした図柄を設定することで、トロワイヨンは、太陽の位置や雲の種類等によって異なる光の効果を、色々実験することができた。
この作品では、今、雲が頭上を覆っているために、農夫とロバは影の中におり、羊の何頭かが明るい陽光に照らされている。

 「モネ、ルノアールと印象派の風景」展カタログ 

バルビゾン派を。コンスタン・トロワイヨンの「羊と羊飼いのいる風景」です。
これまでにご紹介したトロワイヨンは、こちらで。

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漢代の灰陶羊

ひつじ話

灰陶羊
ひつじ(灰陶羊)
高さ16.0? 中国・漢

 「天理参考館50年記念特別展」カタログ 

漢代の灰陶羊を。
同じ時期の羊の造形は、このあたりで。

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アンニーバレ・カラッチ 「エジプトへの逃避」

ひつじ話

「エジプトへの逃避」 「エジプトへの逃避」(部分)

16世紀イタリア、アンニーバレ・カラッチの「エジプトへの逃避」です。ローマはドーリア・パンフィーリ美術館蔵。
「エジプトへの逃避」の主題では、これまでにクロード・ロラン「エジプト逃避途上の休息」をご紹介しています。

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「ジャック・マセの航海と冒険」

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これらの川船には沿岸貿易向きのあらゆる種類の食料品と商品が積み込まれた。
たとえば、綱具、滑車、一輪手押し車、斧、鋤、鍬、シャベルなどの耕作具もあるが、主たるものは羊毛や布製のドレスおよび衣類である。
当時は十二月で、夏の盛り、一年でいちばんすばらしい季節だった。
この国の羊は非常に大きく、馬並の力があるので、ほどんど乗り物曳きに使われる。
川船には四頭の羊がいて、半数が約二時間船を曳き、その間半数は餌を食べて船上で休んでいる。
時間がくると岸に着けて上陸させる。
こうして交代で毎日十五、六時間、つまりほぼ日出から日没まで船を曳かせる。
夜は停泊するので、活動をやめて休息する。

 「ユートピア旅行記叢書 5」 

あけましておめでとうございます。本年も「ひつじnews」をよろしくお願い申し上げます。
新年最初のご紹介は、18世紀フランスのティソ・ド・パトによるユートピア小説、「ジャック・マセの航海と冒険」です。
主人公の船医ジャックは、遭難の末たどりついたうるわしい国で川船を扱う仕事を与えられます。この船を曳くのが、巨大な羊。どうも牛馬はいない世界らしいです。
ユートピア旅行記つながり、と断言していいのかちょっと微妙ですが、トマス・モアの「ユートピア」ヴォルテール「カンディード」そのフォロー記事スウィフト「ガリヴァー旅行記」などもご参考にぜひ。

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九陽啓泰(続き)

ひつじ話

九陽啓泰
松竹梅の背景に小童牧羊(九頭)の図
羊は陽と同音同声にして、九羊は九陽に通ず。

お正月も近づいたところで、中国の吉祥図を一枚。
野崎誠近「吉祥図案解題」より、「九陽啓泰」の図です。「九陽啓泰」の語の意味はこちらで。絵柄そのものののどかさとあいまって、めでたさもひとしおです。
ところで、一ヶ月ほど前にご紹介したレンブラントの「羊飼いへのお告げ」ですが、来年(2011年)3月から、東京・上野の国立西洋美術館と名古屋の名古屋市美術館を巡回する「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」展で、現物が観られるみたいです。行かねば。

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フランチェスコ・ズッカレッリ 「アルカディア的風景」

ひつじ話

「アルカディア的風景」 「アルカディア的風景」(部分)
18世紀のヨーロッパ全域で展開されていた、アルカディアの神話と結びつく自然観を示すのがフランチェスコ・ズッカレッリの風景画である。
《アルカディア的風景》に見るとおり、ズッカレッリの絵画では、幸福な農夫たちが踊るような足取りで、彼らにとっての友である自然の中を歩む。

「ヴェネツィア絵画のきらめき」展カタログ

18世紀イタリアの風景画家フランチェスコ・ズッカレッリの「アルカディア的風景」です。
18世紀ヨーロッパのアルカディア的な自然観については、ヴァトーの「羊飼いたち」などがご参考になるかと。

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中世ヨーロッパの宇宙観と差別

ひつじ話

私たちは一つの宇宙、一つの地球で暮らしていますが、中世の人は一般的にいえば自分の村、自分の町が世界でした。
(略)
中世人が生きていた空間は一つではなくて、二つだったということです。(略)
すべての幸福も不幸も外から来る。病気も天災も外から来る。
その発想の根源には、現世をコントロールできないという発想があったわけで、政治も、自然現象もコントロールできない。
(略)
なぜ差別されたのか。この問題は、私の考えでは、キリスト教と関係があります。(略)
キリスト教の教義のうえでは世界の成立からキリストの生誕、死と復活をへて、最後の審判へ向かう歴史がはっきり示されていますから、ダイモーンというものを認めないのです。
(略)
問題は、一つの宇宙という考え方を強制したことにあります。この影響が大きいのです。
一つの宇宙を強制するということは、恐れることはなにもないということになります。森を恐れる必要はない。
羊飼いはなぜ恐れられたか。彼は一人で野原の中で暮らした。
そういうことは中世では考えられないことなんですね。
彼は何らかの形で大宇宙と折り合いをつけてるに違いない。気味が悪いということがあって、羊飼いに対する恐れが生まれたのです。

フローベールの「紋切型辞典」アルフレッド・サンスィエ「ミレーの生涯」などでお話したヨーロッパの羊飼いイメージについて、もう少し。
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」より、外界とかかわる能力を持つために畏怖された職業が、キリスト教の教義のもとに賤視の対象となっていく過程を。

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動物と攻城機械の関係

ひつじ話

都市の攻囲戦で使われる接近機械の大半は、動物の名で示されている。
そのような装置全体は「トルチュ〔亀=亀甲掩蓋車〕」の名で呼ばれていたが、個々の装置は、装置のメカニズムを作る際に技術者や発明家が参考にした動物の身体的、生理的な特性から、馬、猫、ねずみ、モグラ、はりねずみなどという名がつけられた。
接近機械と同様に、攻城機械の大半も動物から名を借りている。
ベリエ〔雄羊〕、ムートン〔羊〕、コルボー〔カラス〕というのは、昔の人々が城壁に穴を開けたり要塞の門を破ったりするのに用いた装置のことである。
そうした攻城機械はふつう、特別な亀甲掩蓋車の下に格納されていたため、トルチュ=ベリエールという名で呼ばれていた。

ずいぶん以前にご紹介した、ローマの破城槌のデザインと命名のセンスについて、ずっと不思議に思っていたのですが、どうもこれは、「羊」に限った話ではないのですね。というわけで、追加というか、フォロー記事を。

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『北方民族文化誌』より「羊」

ひつじ話

雷は孤独な雌羊を流産させるが、群れをなしている羊は流産しない。
風が冷たく吹くときは、雄の子羊を孕むが、暖かい風のときにはこれに反し、雌の子を孕む。
(略)
羊は大群の中でも母羊の鳴き声をききわける。
それで、ききわける(agnoscit)ので子羊はagnus(子羊)と呼ばれる。
(略)
強力な打撃のため血がとどこおったら、その箇所に剥いだばかりの羊の皮をのせると、とどこおりは解消する。
それゆえ、鞭打たれ人に時に同情する刑吏は傷の上に暖かい羊皮をはる。
すると一昼夜でそれが治る。そのためこれは鞭打たれ人の薬と呼ばれている。

以前、オラウス・マグヌス「北方民族文化誌」から、羊の背にのって鶴と戦う小人のお話をご紹介したことがあるのですが、同書からもうひとネタを。「第十七巻 家畜」におさめられた、羊に関する伝承です。
小人の伝承はめぐりめぐって日本にも伝わっているらしい、というお話を、先日、「華夷通商考」のご紹介のさいに触れたところなのですが、この「華夷通商考」の、飲む水で毛色が変わるというお話のほうも、どうも元ネタがあるような気がします。アリストテレースの動物誌とか、プリニウスの博物誌とか。
「北方民族文化誌」の雷や風と出産の関係についての一文は、おそらくプリニウスの引用ですね。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂スペイン人礼拝堂壁画(続き)

ひつじ話

「教会の勝利」
「教会の勝利」(左下部分) 「教会の勝利」(右下部分)
教養あるドミニコ会修道士たちは罪のない地口を好んだが、彼らは創立者である聖ドメニコの名に由来する「ドミニカニス(ドメニコ会)」という呼び名が「ドミニ・カニス」と分けて読めることに気づいた。
これはラテン語で「神の犬」という意味である。
このフレスコ画の底部右隅には、異端との戦いに飼い犬たちを送り出しているドミニクスが描かれている。
黒白の斑の毛色は、ドミニコ会の黒白の修道服を反映している。
ドミニコ会は茶色の修道服を着たフランチェスコ会と神学上の問題点を定期的に論争した。
それゆえ、この絵の底部で黒白斑の犬二匹が茶色の犬をやっつけているのを見ると興味深い。

以前、全体の上方部分のみをご紹介した、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂スペイン人礼拝堂壁画の下方のあたりを。
修道服の色のお話は、このあたりをご参考にぜひ。

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ブリューゲルの農民観

ひつじ話

前景で大きくその存在感を示す農民に注目しよう。
彼の着用している赤いシャツの色彩も青い海の色との対比で人目を引く。
(略)
他方、羊飼いや釣り人はまったく目立たなく、点景人物のようである。
つまりブリューゲルが労働に没頭している農民をこの構図の実質上の主役としているのである。
(略)
ブリューゲルは「四季版画」シリーズのために下絵素描を制作したとき(実際は《春》と《夏》しか完成させなかったが)、《春》では三月、四月、五月の三ヶ月の営みのうち、菜園や花壇作りに励む農民の姿を最も大きく扱った。
それに対し、四月の羊の毛刈りと五月の運河での遊びははるかに小さく描かれていた。

農民の生活を描くことに高い価値を見いだしたピーテル・ブリューゲルの表現について、森洋子氏の著書から、「イカロスの墜落のある風景」「春」に関しての一文を引用。
ただし、このベルギー王立美術館所蔵「イカロスの墜落のある風景」は、すでに失われたブリューゲル作品のコピーである可能性が高いのだそうですね。こちらの本を読むまで知らなかったのですが。
これまでにご紹介したブリューゲルについては、こちらで。

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ルーベンス「野良の帰り」の複製版画

ひつじ話

「野良の帰り」 「野良の帰り」(部分)
ゲーテとエッカーマンはそうした複製版画の限界には頓着せず、ルーベンスその人の作品を目の前にしているかのように彼の芸術について論じている。
写真による機械的な、それゆえ「正確」な複製に慣れてしまった私たちにとって、版画が原画の代わりを務めるというのは馴染みにくい状況だが、実際には、写真製版の技術が確立される19世紀末まで、他のメディアで実現された構想を伝達することは、版画の主要な役割の一つだったのである。

 「ルーベンスの版画展 ルーベンス工房の版画家たち」カタログ 

以前、ルーベンスの「野良の帰り」と、その複製版画を前にしてのルーベンス評であるエッカーマン「ゲーテとの対話」をご紹介したのですが、その際にゲーテとエッカーマンが眺めたであろう版画がこちらです。
これまでのルーベンスについてはこちらで、ゲーテはこちらでどうぞ。

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