タッソー 「エルサレム解放」

ひつじ話

 だがしかし、泣き濡れているうちに、その嗚咽を
掻き消すような澄んだ音色が流れてきて、
それはどうやら、いや確かに、牧人たちの歌声を
交えつつ、森の鄙びた風笛が奏でる調べのようである。
起きあがって、音の在処へと覚束ぬ足どりで歩み寄り、
見れば白髪の老翁が一人、涼やかな木陰に座して
羊の群れの傍らで藤の小籠を編んでいる、
三人の牧童の歌と楽の音に聞き入りながら。

16世紀イタリア、トルクァート・タッソの叙事詩「エルサレム解放」から。
以前、ヴァランタン・ド・ブーローニュ「エルミニアと羊飼い」でご紹介した、異教徒の王女エルミニアが十字軍に襲われて森に逃げ込み、羊飼いたちにかくまわれる場面です。

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フィレンツェ共和制におけるアルテ

ひつじ話

フィレンツェ共和制の中身は商工業者の同業組合による支配であり、「アルテ」と呼ばれる組合に加入していなければ参政権はなかった。
そのアルテも大小二種に分類され、法律家、梳毛、毛織物、絹織物、商業、銀行、医薬業の七つが大アルテ、肉屋、酒屋、大工、石工、左官等十四の業種が小アルテと呼ばれる。
(略)
今やトスカーナ地方の半分以上を占める共和国領土を、フィレンツェという一都市が独裁的に支配し、そのフィレンツェの中では三千名の商工業者が権力を独占するという構図である。
ペストの惨禍から立ち直って経済成長が続く中で、その三千の特権層の中にも貧富の差が広がり、大アルテに属する富裕市民はますますその力を振るい、小アルテの権限は著しく狭められた。

先日ご紹介した「ルネッサンス巷談集」絡みで。14世紀フィレンツェの「羊毛組合と肉屋組合」の実際について、イタリア史の概説書から引いてみました。
14世紀前後のフィレンツェ関連では、これまでに、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂スペイン人礼拝堂「ルネサンス画人伝」の「ジョット」フラ・アンジェリコの「聖母戴冠」ギルランダイオ「神殿から追い出されるヨアキム」ブルネレスキとギベルティが競い合った「イサクの犠牲」などをご紹介しています。

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クロムウェルの牧歌願望

ひつじ話

ことにもし〈牧歌願望〉とでもいうべきものを考えるなら、それはあきらかに庭園隠棲の願望と同次元のものであったと理解すべきである。
牧場も庭も、いわゆる中間的景観として、人類にとって普遍的な快楽原則の空間たりえた。
あのクロムウェルですら、長い困難な公人としての奮闘の生活に倦み疲れたとき、つぎのように彼の〈牧歌願望〉を表現している。
「(略) こんな地位を得るよりは、森陰に住んで、羊の群を飼っていたほうが、ずっと嬉しかっただろう。」
しかしこの後にクロムウェルは、一言ドスの利いた言葉を付け加える。
「私はこれを、国家の安全のために引き受けたのだ」と。

川崎寿彦による英国庭園史から。17世紀、清教徒革命に関わる一章に、オリバー・クロムウェルの議会解散演説との註釈がついた一文が。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂スペイン人礼拝堂壁画

ひつじ話

「教会の伝道と勝利」
黒死病後の「危機の時代」の雰囲気や考え方、そして美術の特徴が最もよく表現されているのはスペイン人礼拝堂の壁画である。
礼拝堂の壁面を覆いつくすフレスコ画の数々は、たしかに圧巻だが、あまりに教義的で、気楽な気分では見ていられない。

14世紀フィレンツェ、アンドレア・ダ・フィレンツェによるサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂スペイン人礼拝堂フレスコ画の部分を。
フィレンツェと黒死病の関係については、こちらでも触れたことが。

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中世の旅

ひつじ話

《こうして彼と愛に対する世の讃美は次第に生まれていった。
彼と仲間はどこへ行っても村やちっぽけな場所に近づけば、羊飼いは羊の群れを放り出し、先立って急いで走り、人びとに彼の到着を告げた》。
この件りはニュースや噂の伝わり方をかい間見せてくれる。
(略)
羊飼いは使者に適していた。
彼らは逞しく、辛抱強く、食料、衣服、宿に関しても欲がなかった。
地理をよく心得ていた。毎年家畜を遠路平野から山脈へ、時には山越えまでして駆り立てるさすらいの羊飼いは―南仏ではピレネー山脈越えしてカタロニアへ行ったように―道も小径も知っており、数か国語に通じていたろうし、きっと途中の人とは知り合いだったろう。

中世ヨーロッパにおける旅行者たちのありようを網羅した「中世の旅」から、12世紀の遍歴説教師聖ノルベルトの旅に関する一章を。
羊飼いは旅行者たちからあてにされる存在だったようで、ほかにも、気候に関する章では、

陸の旅人は秋になると、二、三の状況によって恵まれていると感じた。
日はまだ長く、陽気も野宿できるほど暖かだし、道も乾き、高山の道でも夏の陽ざしで雪が融けたからである。
大勢の人びとが取り入れや葡萄摘みの仕事していたし、まだ羊飼いたちも彼らの群れとともに外にいたので、道路はかなり安全だった。

との記述が見られます。

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フランコ・サケッティ 「ルネッサンス巷談集」

ひつじ話

「賢明なる羊毛商人並びに肉屋業者諸君。
本官は諸君のこの訴訟に関してつらつら熟考致しましたところ、人類の敵が諸君、つまり兄弟のごとく睦み合うべき諸君の間に争いと喧嘩の種子を蒔く工夫をこらしたのであることを発見しました。
羊毛組合と肉屋組合とは非常に相違しているように見えますが、本来は一つのものであります。
というのはどちらの業も羊に始まるといいうるからです。
諸君の一方はその毛で、他方はその肉で生業を営んでおられる。
そこで神の敵なるものが諸君の間に、さきに述べた事件をひきおこしたのです。
(略)
この呪われたる烏こそ、その子供になぞらえて神の子羊という言葉をまで生んだもの、あの羊という動物によって生業を営むこの二つの組合の間にやってき喧嘩の種を蒔いたのです。
したがってこの訴訟は烏対羊の訴訟であると言ってよいでしょう。

14世紀フィレンツェのフランコ・サケッティによる短篇小説集から。
カラスのいたずらがきっかけになって起こった羊毛商人と肉屋組合の紛争が、裁判官の強引な判決で、ともかくも大団円をむかえるというお話。強引すぎます。

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ゲーテ 『西東詩集』より「避けられぬ」

ひつじ話

避けられぬ
だれが鳥に命じられよう
動かず 野辺にいるようにと
だれが羊に禁じられよう
毛を刈るときに もがくなと
ちぢれ毛がもしゃもしゃ生えていたら
わたしはぶざまな姿なのだろうか いや
わたしの毛をむしり取る刈手こそ
わたしにぶざまを強いるのだ
だれが制しられよう わたしが空にむかって
こころのままに歌うのを
あの女がどんなに愛してくれたか
雲たちに打ち明けるのを

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ「西東詩集」より。

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キプリング 「めえー、めえー、黒い羊さん」

ひつじ話

ハリー叔父さんは落ち着かない様子でダイニング・ルームに座っていた。「いいかげんにしろよ、ローザ。あの子をほっといてやれないのか? わしと一緒のときはとても良い子なのに」
「あなたといるときは良い子ぶるのよ。残念ながらあの子は黒い羊(厄介者)だわ」

ラドヤード・キプリングの自伝的小説「「めえー、めえー、黒い羊さん」から。小説の冒頭に、「バァ、バァ、ブラックシープ」が掲げられています。
甘やかされて育った頑固な少年は、両親から離れてあずけられた厳格な家庭になじめず、心身に支障をきたしていきます。もてあまされた少年は、厄介者を意味する「黒い羊」と呼ばれるようになるのですが。

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チェルムズフォードの魔女裁判

ひつじ話

1566年イングランド南東部エセックスのチェルムズフォードで、三人の女性が魔女術の罪で告発され、そのうち一人が絞首刑に処せられた。これがイングランドで初めての魔女裁判であった。
(略)
エリザベス・フランシスの尋問ならびに供述。
(略)
イヴ婆さんから猫のサタンをもらうと、エリザベスはまず初めに、この(サタンという)猫にたいして、金持ちになっていろいろな物が欲しいと願った。
すると猫は願いを叶えてやろうと約束し、何が欲しいのかと尋ねた。
彼女は羊が欲しいと言った(彼女が自白しているように、猫は奇妙でこもった声で話したが、慣れればこのように聞きとれたのである)。
すると、猫はただちに彼女の牧草地に十八頭の白と黒の羊を連れてきた。
羊はしばらくの間いたが、しまいには、彼女にはわけが分からないことに、みないなくなってしまった。

「オデュッセイア」のキルケからセイラム魔女裁判まで、西洋の魔女概念の歴史が通覧できる「魔女の誕生と衰退」より、エリザベス1世治下のイングランドで行われた魔女裁判の記録を。
羊のために悪魔と取引するのはちょっと……。

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ジャン=バティスト=マリー・ピエール 「キリストの降誕」

ひつじ話

「キリストの降誕」

18世紀フランス、これまでにいくつかご紹介しているブーシェと同時代人である、ジャン=バティスト=マリー・ピエールの「キリストの降誕」を。
キリスト降誕や羊飼いの礼拝を描いた絵画は、これまでに、ロレンツォ・ロットヤコポ・バッサーノエル・グレコホアン・バウティスタ・マイーノラ・トゥールムリーリョギルランダイオのものをご紹介しています。

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ベネデット・カスティリオーネ 「メランコリー」

ひつじ話

「メランコリー」

17世紀イタリアのベネデット・カスティリオーネによる版画、「メランコリー」を。

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獣帯の皿絵

ひつじ話

ペルシアの皿絵 ペルシアの皿絵(部分)
獣帯。ペルシアの皿絵。
ローマ帝国の崩壊とともに、組織だった知識は細分化しはじめた。
この空白に入って来たのが初期キリスト教で、これは異教の諸概念、なかでも占星術を無用のものとみなした。
事実、新たな聖職者たちは、占星術における宿命論はキリストの神的介入論に直接に対立するものとし、これと争った。

「スキファノイア宮殿壁画」でふれた、西洋占星術関連のお話をもうすこし。
先日の彫刻史のお話同様、異教的なものを否定する初期キリスト教の時代に、イスラム世界において継承・発展した占星術の、その浸透の深さを示す獣帯が描かれた皿絵です。
ヨーロッパ以外の場所に存在する十二宮図は、これまでに星曼荼羅クチャの石窟壁画をご紹介しています。

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アポリネール 「地帯」

ひつじ話

  地帯
ついに君はこの古くさい世界に倦きた
羊飼いの娘 おおエッフェル塔よ 橋々の群れは今朝 羊のように鳴きわめく

ギヨーム・アポリネールの詩集『アルコール』より、「地帯」を。冒頭の二行です。

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初期キリスト教美術における彫刻

ひつじ話

善き羊飼い
四世紀から六世紀までの時代の美術は、キリスト教主題については初期キリスト教美術、異教主題については古代末期美術と呼ばれる。
初期のキリスト教神学者たちは、一般的に言って、彫像に敵意を持っていた。彫像は画像と違って現実感が強いため、一般信者たちが異教徒たちのように偶像崇拝者とならないか、懸念を抱いていたからである。
(略)
イコノクラスム(聖像破壊主義)的底流は、初期キリスト教=古代末期以降、七世紀から十一世紀までの初期中世において、モニュメンタルな石彫芸術が実質的に不在であった理由を考える際に、無論、重要な要素であるが、しかし、これだけがその原因ではなかった。
(略)
オリエントおよび蛮族(バルバロイ)の影響といった外来の要素、そして、古代末期美術の展開自体における一般的傾向、これらすべてが同じ結果をもたらすのに貢献したわけであるが、しかし、これらの要因一つ一つだけでは、到底、独立彫像の生命を危うくするのに充分ではなかったであろう。

中世ヨーロッパの彫刻美術の変遷を論じる「中世彫刻の世界」冒頭の一章を。
初期中世に長い雌伏の時代を持つヨーロッパ彫刻史を語るにあたって、初期キリスト教美術の様式の変化を示す例として「善き羊飼い」の彫像が使われています。
初期キリスト教美術の重要なモチーフである「善き羊飼い」については、こちらでまとめてぜひ。

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「東京夢華録」

ひつじ話

宣徳楼の前の役所と寺院
その通りの南は遇仙正店という酒店である。
店の表には楼閣があり、うしろに台があるので、都の人は「台上」と呼んでいる。
この店こそは第一等の酒店であって、銀瓶酒が一本七十二文、羊羔酒が一本八十一文もする。
州橋の夜市
そこから先には油揚げの羊の白腸、鮨にした乾し肉、(略)、羊の頭の削り肉、辣脚子、生姜で辛くした大根。

先日の、「中華料理の文化史」関係のお話をもう少し。南宋に後半生を過ごした人物が、北宋のころの都・開封での若き日を懐古してつづった「東京夢華録」から、都のにぎわいを描いた一節を。羊肉食、多そうですね。
羊羔酒というのは羊肉を使ったお酒、辣脚子は芥子のきいた羊の脚肉らしいです。美味しいのかな?

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