ブロンズィーノ下絵によるタピスリー 「ヴィーナス=フローラとしての春」

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「ヴィーナス=フローラとしての春」
タピスリー(緯糸:羊毛、絹、金糸、銀糸;経糸:羊毛、1?につき7―9糸) 235×168?
この扉掛けは、1546年5月15日以前に、ブロンズィーノの下絵をもとにヤン・ロストによって制作された。
1545年の夏にメディチ家のコジモ1世によってフィレンツェに招請されたフランドルの職人ヤン・ロストとニコラ・カルヒャーの工房で織られた、初期のタピスリーのうちの一つである。

「ウルビーノのヴィーナス―古代からルネサンス、美の女神の系譜」展カタログ

16世紀イタリアフィレンツェ、ブロンズィーノの下絵によるタピスリーです。牡羊座に乗って花を振りまく女神。ピッティ宮殿蔵です。

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アミアン大聖堂扉口浮彫の十二宮

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アミアン大聖堂の十二宮
この扉口にある他の聖人たちはすべて同じように田舎風で、いわばアミアン市民の個人的な友人たちです。
彼らの下方には、四つ葉飾りが、守られ崇められていた一年間の快適な秩序を表し―上部に黄道十二宮のしるし、下部にそれぞれの月の労働が表されています。
(略)
3月―ブドウ畑の耕作。用心深い牡羊座、だがむしろ愚鈍である。

ジョン・ラスキン「アミアンの聖書」より、アミアン大聖堂の西扉口下方にある浮彫、「十二宮と月々の仕事」の解説部分を。

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トマス・シドニー・クーパー 「休息する牛」

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「休息する牛」 「休息する牛」(部分)

 「英国風景画展」(1992)カタログ 

去年の夏に「放牧の羊」をご紹介している、トマス・シドニー・クーパー(1803―1902)をもう一度。やっぱり羊が丸々してます。

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ヴィクトリア朝のタイル

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テンプル教会のタイル
ミントン社が1842年頃に制作した、テンプル教会(ロンドン)のエンコースティック・タイル。
神の子羊と、法学院の記章が描かれている。
19世紀に入ってゴシック式装飾が再び流行しはじめると、中世風の泥漿象眼タイルを求める声が生じた。
しかし、修道院が解体されて以来、この種のタイルの作り方は伝承が途絶えていたので、生産が軌道に乗るまでにはかなりの試行錯誤が必要だった。
1793年にミントン社を創設したトマス・ミントンの息子、ハーバート・ミントンがこの問題に取り組んで、象眼タイル作りをはじめたのは、1828年のことである。
(略)
まもなく、ミントン社には英国各地の邸宅から、床用エンコースティック・タイルの注文が舞い込みはじめた。
1841年には、ウェストミンスター寺院チャプター・ハウスに残る中世の床タイルをコピーしたエンコースティック・タイルを制作して、ロンドンのテンプル・チャーチの床を化粧している。

装飾タイルです。19世紀英国の、ミントン社による神の子羊

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H.G.ウェルズ 「モロー博士の島」

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古典なので大丈夫かとは思うのですがお断りを。引用文にストーリー上のネタバレあります。

「あなたはなぜ動物を人間に変えることを思いついたのですか?」
「わしは羊をラマに、ラマを羊に改造することもできたろう。しかし人間を造ること以上に芸術的なことがあろうか。実は人間以外のものを一度試みたのだが。一、二度……」
(略)
「今日まで、わしは研究の倫理について頭を悩ませたことはない。自然を研究していると、自然と同じように冷淡になるものさ。わしらがこの島に来て十一年になる。わしらとはわしとモントゴメリと六人のカナカ原住民だ。最初のうちは失敗の連続だった。羊から手がけたが一匹目は執刀のミスで殺してしまったっけ。」

ハーバート・ジョージ・ウェルズの小説「モロー博士の島」から。
無人島に住み動物を人間に改造する実験を続けているモロー博士が、主人公の問いに答えて、その研究について語る場面です。

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澁澤龍彦 「東西庭園譚」

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円明園の庭園は三つの区域に分れていたが、その最初の区域に建てられたのが第一の西洋楼「諧奇趣」であった。
(略)
しかし皇帝をもっとも喜ばせたのは、この「諧奇趣」の建物の前面に据えられた、ブノワの苦心になるところの噴水であって、皇帝は建物の窓から、玉座にすわったまま、左右に寵姫をはべらせて、噴きあげては落下する水の束を飽かず眺めたのである。
泉水の縁や、岩の上や、水の中に十数匹の青銅製の動物、鵞鳥や羊や魚などが設置されていて、その口から勢いよく水を吐き出すという、いわば動物の水合戦をあらわしていた。
橋を渡って第二の区域にいたると、三方を運河で囲まれた「花園」と呼ばれる迷路庭園の中央に、大理石造りのキオスクがあり、さらに行くと第二の西洋楼「海晏堂」が建っている。
この名前の由来は、テラスの上に噴水の水を供給する巨大な貯水槽が設けてあるためだった。
「海晏堂」の建物は、多くの細部においてはバロック風であるが、全体はトリアノンとヴェルサイユの正面広場から着想を得ている。
おもしろいのは、建物の西面にある大階段の下に設けられた噴水で、この噴水が時計の役目をしているのだ。
すなわち、泉水の左右に六匹ずつ並んだ十二支の動物が、鼠からはじまって猪まで、一時間ごとに交代で口から水を吐き出すのである。

先日ご紹介した、円明園の十二生肖獣首銅像に関連して、澁澤龍彦『胡桃の中の世界』からの一章「東西庭園譚」を。

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「転身物語」より「ペリアス」

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人びとはさっそく、もう何歳ともわからぬくらい年をとった、肉の落ちたこめかみのところにぐるりとまがった角のある一匹の牡羊を、ひきずってきた。
魔女のメデアは、ハエモニアの短剣をふるって羊のやせた喉もとをえぐると、羊の肢体を強烈な力をもつ薬汁といっしょに青銅の大壺のなかに入れた。
すると、ふしぎや、羊のからだは、みるみるうちに小さくなり、角がとけてなくなり、それとともに老齢も消えてしまった。
やがて、壺のなかから、弱々しい啼きごえがきこえた。
と、その啼きごえにおどろいている人びとの面前に、一匹の仔羊がとびだしてきて、剽軽そうにはねまわったり、乳をのむことのできる乳房をさがしたりした。

以前ご紹介した、オウィディウスの「転身物語」より「イアソンとメデア」。このお話には、メデアを妻としたイアソンが故郷に錦を飾ったあと、敵である王ペリアスをメデアの謀略によって王の娘たちに殺させる、陰惨な章が続きます。
引用は、若返りの秘法があると称して王と娘たちに近づいたメデアが、羊を使ってその証拠を見せる場面。もちろん、王のときには秘法は使われないわけです。
「イアソンとメデア」については、グリルパルツァーの「金羊毛皮」モローの絵などを、これまでにご紹介しています。

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ミレー 「羊の群れの帰還」

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「羊の群れの帰還」

「ミレー展 「四季」アース色のやさしさ」カタログ

ジャン=フランソワ・ミレーの素描です。これまでにご紹介したミレーは、こちらで。

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円明園十二生肖獣首銅像

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銅版画「長春園西洋楼図」のうち「海晏堂西面」 「海晏堂西面」(部分)
ミシェル・ブノアが、てのひらにのせた小さな懐中時計に目を落とした。
「そろそろ未の刻です」
「そうだな」
と、ジュゼッペ・カスティリオーネがしわがれたこえでつぶやいた。そして、ふたりが視線をむけたさきは、鋳銅の羊の彫像であった。
「ほら」
と、ブノアがいい、
「出ない!」
と、カスティリオーネがひくく叫んだのは同時だった。
未の刻には、羊の彫像の口からいきおいよく水がほとばしり出ることになっている。ところで、一刻まえの午の刻にも、羊の口から水が出なかったという。午の刻には、馬の彫像の口からのみならず、ここにならぶ十二支の動物たちの銅製彫像の口がいっせいに水を噴きだし、正午を知らせることになっている。

ことの発端は、乾隆十二年(1747)、皇帝が西洋の絵画に描かれた噴水に興味をいだき、あのカスティリオーネにこの噴水なるものをつくれと命じたことにある。
途方もない命令におどろいたカスティリオーネは、水力学の知識をもつフランス人イエズス会士ミシェル・ブノアに相談、ブノアはただちに噴水の模型をつくり皇帝に見せたところ、それに満足した皇帝は、噴水や西洋式の宮殿をもふくむ西洋庭園の制作をイエズス会士たちに命じた。

清代に築かれた円明園には、乾隆帝に仕えたジュゼッペ・カスティリオーネらイエズス会宣教師たちによって、十二支像の噴水が作られました。
引用図は、銅版画「長春園西洋楼図」のうち、噴水のある「海晏堂西面」の図。引用文は、ともに中野美代子の小説と論考から。
この十二生肖獣首銅像は、ウィキペディアの解説のとおり、現在にいたるものすごくめんどうな経緯を抱えているわけですが、……結局、羊像は今どこにあるんでしょうね?
カスティリオーネ関連では、数年前に、準回両部平定得勝図をご紹介しています。

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ブルネレスキとギベルティの「イサクの犠牲」(続き)

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ギベルティの作品では、浮彫面が左上から右下に斜めに区切られ、左下の場面ではアブラハムに付いてやってきた従者の若者二人が、薪を載せてきたロバとともに岩山の下で待っている。
右側の場面では、アブラハムが衣を翻しながら短剣で息子に挑みかかっているが、イサクはその瞬間にも父親の意図がわからないかのように戸惑った表情をしている。
神の意志を伝える天使は雲間から優雅に立ち現われ、伸ばした右手で岩山の頂上にいる羊を指し示し、それを息子の代わりに捧げるよう伝えている。
表現の仕方は叙述的である。
これに対してブルネッレスキの作品は、場面の持つ緊迫感を前面に押し出したいっそう写実的なものに仕上がっている。
(略)
天使は、このつらい瞬間に立ち現れて、アブラハムの右手をぐっとつかみ、信心深い老人ははっとした目で神の使いを見つめている。
体に張りついた天使の衣紋は、神の使いがいかに俊敏にやってきたかを示している。
天使は右手で、犠牲の身代わりとなるべき雄羊を指し示している。

ブルネレスキとギベルティの「イサクの犠牲」については、その後舞台裏のお話をご紹介したりもしているのですが、こちらの彫刻史の教科書から、味わいかたなどをもう少し。
「イサクの犠牲」に関してはこちらで、聖書の該当部分はこちらをご参考にどうぞ。

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ジャン=バティスト・ユエ 「羊飼い姿のヴィーナス」

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「羊飼い姿のヴィーナス」 「羊飼い姿のヴィーナス」(部分)
ジャン=バティスト・ユエ  1745―1811
風俗画、肖像画、風景画など幅広いジャンルを扱い、タピスリーの下絵(カルトン)やパステル画、水彩画も手がけた。
特に人物を配した風景や動物を主題とした版画で優れた才能を示している。

山寺後藤美術館所蔵ヨーロッパ絵画名作展?宮廷絵画からバルビゾン派へ?」

18世紀フランスのジャン=バティスト・ユエによる、優美な羊飼いを。

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ルートハルト 「井戸の傍らでの休息」

ひつじ話

「井戸の傍らでの休息」 「井戸の傍らでの休息」(部分)

「ウィーン美術大学絵画館所蔵 ルーベンスとその時代展」カタログ

17世紀の動物画家、カール・アンドレアス・ルートハルトの「井戸の傍らでの休息」です。
動物の毛並みをリアルに描くために、生乾きの絵具層に本物の毛を押し当てる技法が使われているとのこと。

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ルーベンス工房 「皇帝カール5世」

ひつじ話

「カール5世」 「カール5世」(部分)
ルーベンスはカールの肖像を描くにあたって、ティツィアーノが発達させた形式に従っている。
斜め横向きで武装し、剣を持っているというものだ。
ルーベンスはティツィアーノの原作をコピーしたこともあった。

「ウィーン美術大学絵画館所蔵 ルーベンスとその時代展」カタログ

ひさびさに、金羊毛騎士団勲章をつけた肖像画を。ピーテル・パウル・ルーベンスの下絵による「カール5世」です。
カール5世の肖像は、他にティツィアーノのものをご紹介しています。金羊毛騎士団勲章関連は、まとめてこちらで。

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セーヴル磁器のカップとソーサー

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カップ&ソーサー カップ&ソーサー(部分)
1756年にヴァンセンヌ工房がセーヴルに移転し王立磁器製作所になると、揃いのティー・セットなどの生産を拡大するようになり、色彩と装飾は次第に宝石のようにあでやかになっていった。
金彩の窓枠の中に描かれた異国の鳥や花、波止場風景や、画家フランソワ・ブーシェ(1703年―70年)に着想を得た田園風景は最も人気のある図柄であった。
エティエンヌ=ジャン・シャブリはセーヴル工房におけるこの様式の絵付師の第一人者で、ブーシェから発想を得た図柄を専門とした。

 「紅茶とヨーロッパ陶磁の流れ」展カタログ 

ブーシェ様式による、セーブル磁器のカップとソーサーです。

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中世ヨーロッパのこどもの遊び

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子供の遊びには、「狼遊び」というのもある。
子供たちのうち一人が狼、もう一人が羊飼い、その他はすべて羊となる。
「羊」たちは羊飼いのあとに従い、たがいに衣服をつかんで一列に歩きながら歌う。
森をお散歩しましょ
狼のいない間に
「狼」の待ち伏せしているところを通りながら「羊飼い」は聞く。
「狼や、いるのかい? 聞こえるかい?」
「狼」がうなり声をあげると、「羊飼い」はまた聞く。「お前は何をしているの?」
これに対し、「狼」は「いま起きたところです」「お靴をはいてます」その他いろいろといい加減な返事をしながら、油断を見すましてパッと飛び出し、最後尾の「羊」を捕まえようとする。
「羊飼い」は素早く「狼」の行手をさえぎるが、失敗して捕まった「羊」は列の外に出され、「羊」が全部捕まるまで何べんもこの遊びがくり返される。

木村尚三郎の「西欧文明の原像」より、中世フランスの農民生活を描いた一章を。

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