「世界を創った男 チンギス・ハン」

ひつじ話

斥候は絶望的な声を上げた。人馬はともかく、荷車や羊群の通過は不能ということだ。それを知った瞬間、テムジンは決断した。
「構わぬ、突っ切れ」
(略)
長く延びた集団に命令が伝わると、狂気のような動きがはじまった。女性も老人も、牛車を出て馬に乗った。妻のボルテも、一歳九ヶ月の長男を背負い七ヶ月の次男を胸に抱いて馬に乗った。
干肉や水袋が馬の背に移された。疲れた牛は外し、元気な牛に付け替えた。何台かの荷車が捨てられ、何百頭の羊が置き去りにされた。
(略)
「遅れずに付いて来い。疲れた者は左に寄り、追い抜く者は右を進め、毀れた車は捨てよ、遅れる羊は残せ、何物をも惜しむな、今は時こそ宝ぞ」
テムジンの言葉は、八人四組の親衛隊員によって後方の百人隊長、十人隊長、羊を追う隷属氏族の頭目らへと伝えられた。

堺屋太一氏のチンギス・ハンもの。第二巻より、それまでの盟友にして将来の敵であるジャムカと、ついに袂を分かつ場面を。
一族を引き連れ、背後にジャムカの追撃を警戒しつつ敵性氏族の宿営を突破する、ただでさえ手に汗握る場面に、ぼろぼろと取り残されていく羊たちの描写の数々がもう。

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「プルターク英雄伝」より「アレキサンダー」

ひつじ話

あたかもそのときクライタスは神に犠牲を献げようとしていたが、しかしただちに祭式を中止し、献祭の準備としてすでに神酒をそそがれた三頭の羊を曳きながら伺候した。
アレキサンダーはその趣を聞いて、例のアリスタンダーとラシディーモニア人クリオマンティスとの二人の神占者にこれを語り、クライタスが献祭を中止したことの意味を尋ねた。
二人の判断が凶兆と出たのみならず、彼自身も三日前、クライタスがパーミーニオの死んだ三人の子のそばに悲嘆して坐っている姿を夢に見たので、彼は神占者両人にたいし至急クライタスのために無事息災を祈って神に犠牲を捧ぐることを命じた。

プルタークによるアレクサンドロス大王の伝記から。
その政策を批判しつづけた末、ついに王自身によって殺害されるにいたった武将クレイトスの、最後の伺候の場面です。
アレクサンドロス関係では、リシマコス銀貨をご紹介しています。

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「ターシャ・テューダーのクリスマス」

ひつじ話

クリスマスツリー用ジンジャーブレッド
彼女のジンジャーブレッドは、ひとつひとつが芸術作品だ。
オーナメントをつくるとき、ターシャはわたしたちのように抜き型を使ったりはしない。
長年絵を描きつづけてきたおかげで、なじみの動物たちの形を自由に、ときにはほとんど生地を見ずに切りぬくことができる。

ターシャ・テューダーのクリスマス写真集です。
上の引用は、森から切り出してきたツリーに飾るために、ジンジャーブレッドを焼くところ。
ターシャ・テューダーは、ずいぶん前に、「ひつじのリンジー」をご紹介しています。

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ミレー 「森のはずれの羊飼いと羊の群れ、たそがれ」

ひつじ話

「森のはずれの羊飼いと羊の群れ、たそがれ」

ジャン=フランソワ・ミレーの「森のはずれの羊飼いと羊の群れ、たそがれ」です。ボストン美術館蔵。
ミレーについては、ずいぶん繰り返しお話していますので、こちらでまとめてぜひ。

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クヌム神小像

ひつじ話

クヌム神小像
クヌム神小像
銀    鋳造、彫刻   高9.8 幅3
末期王朝時代、前664―323年頃
エレファンティン

 「ルーブル美術館所蔵古代エジプト展」カタログ 

昨日のカルトナージュ棺に続いて、古代エジプトです。
クヌム神については、「古代エジプト神々大百科」と、角の話でご紹介しています。

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古代エジプトのカルトナージュ棺

ひつじ話

カルトナージュ棺の部分
牡羊が描かれたカルトナージュ棺(部分)
化粧漆喰布   描画、多彩色  高23 幅16
第3中間期、前1069―664年頃

 「ルーブル美術館所蔵古代エジプト展」カタログ 

古代エジプトにおける「カルトナージュ棺」とは、布に化粧漆喰を塗ったギプス状の人型をミイラにかぶせたもののこと。こまやかで美しい装飾がほどこされていますが、こちらはその断片らしいです。
古代エジプトの牡羊イメージについては、ネフェルタリ王妃墓の壁画クヌム神「複合神」という方法の話や、ヘロドトスの「歴史」などをご紹介しています。

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マイケル・ムアコック 「雄羊と樫」

ひつじ話

 やおらアマージンの足もとから〈銀の雄羊〉を取り上げた女神は、言った。
「この〈雄羊〉にこの男の魂を授けなければならぬ……と予言は告げておる。いま、そのアマージンとやらの魂は肉体を離れ、〈雄羊〉に移りはじめておるのじゃ。アマージンとやらは死なねばならぬ」
「いやです!」二十人ほどの人間がいっせいに叫んだ。
「しかし、待つがよい」と、〈樫の女神〉は微笑を浮かべて、たしなめるように言い、〈雄羊〉をアマージンの頭にのせるや、朗々と唱えた―
  母なる海へ走りゆく魂よ、
  のぼる月を見て鳴く仔羊よ、
  魂は足をとめ、仔羊は鳴くのをやめよ。
  そなたらの故郷はまさにここなり!
 とたんに新しい羊の鳴き声が聞こえはじめた。

マイケル・ムアコックのファンタジー小説「コルム」シリーズより、「雄羊と樫」を。
捕らわれて術をかけられ、自らを羊と思いこまされていた王は、英雄コルムによって救い出されます。上は、さらなる紆余曲折を経てついに羊の呪いが解かれる場面。偉大な王であるアマージンは、この時点では羊の皮をかぶってたり、草を食わされたり、メェーとか鳴いたりしています。

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「ワーンクリフの時祷書」

ひつじ話

「ワーンクリフの時祷書」 「ワーンクリフの時祷書」(部分)
美しい田園の魅惑
画面中心では、牧野の羊飼いたちに天使が現れて、めでたくも救い主キリストがお生まれになったことを告げている。
(略)
縁飾の中では、キリストに喩えられる子羊に慈愛を示している娘たち、悪い狼にさらわれた子羊を救おうとしている羊飼いも見られる。

15世紀後半に作られた時祷書、「ワーンクリフの時祷書」から。画面下の娘たちの絵が可愛らしいので、アップにしてみました。羊、逃げてる?
時祷書は、これまでに、「エティエンヌ・シュヴァリエの時祷書」や、「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」(2月)、同じく「ベリー公」の占星学的人体図などをご紹介しています。

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シャルル=エミール・ジャック 「月夜の羊飼い」

ひつじ話

ジャック「月夜の羊飼い」

何度かお話しているバルビゾン派のシャルル=エミール・ジャック、「月夜の羊飼い」です。山寺 後藤美術館蔵。
ジャックは、「羊のいる風景」「羊飼いと羊の群」、「羊飼い」、「夕暮れの羊飼いと羊」などをご紹介しています。

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ジュゼッペ・マリア・クレスピ 「ポッジオ・ア・ カイアーノのバザー」

ひつじ話

「ポッジオ・ア・ カイアーノのバザー」 「ポッジオ・ア・ カイアーノのバザー」(部分)

18世紀イタリア、ボローニャ派のジュゼッペ・マリア・クレスピによる「ポッジオ・ア・ カイアーノのバザー」です。ウフィツィ美術館蔵。

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パルマ・イル・ヴェッキオ 「聖家族と聖ヨハネ、聖女マグダラのマリア」

ひつじ話

「聖家族と聖ヨハネ、聖女マグダラのマリア」 「聖家族と聖ヨハネ、聖女マグダラのマリア」(部分)

16世紀、ヴェネツィア派のパルマ・イル・ヴェッキオによる、「聖家族と聖ヨハネ、聖女マグダラのマリア」です。ウフィツィ美術館蔵。
聖母子などとともに洗礼者聖ヨハネと羊が描かれるものとしては、これまでにスルバランの「幼児洗者聖ヨハネのいる聖母子像」ルーベンスの「聖母子と諸聖人」をご紹介しています。

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『山家清供』より「山煮羊」

ひつじ話

山煮羊(さんしゃよう、羊の山家煮)
羊をきりみにして砂鍋(どなべ)に入れ、葱、椒(さんしょう)を加えるが、そのほかに一秘法がある。
それは杏仁数個を槌でつぶして入れ、活水で煮るだけだが、骨でさえとろとろになる。
しかし折角のこの方法も、世に容れられないのが、つねづね残念である。
この方法は、漢時の一関内侯など、足もとにも及ばないのに。

南宋の美食のお話を少し前にしたことがあるのですが、その時代の料理書「山家清供」に羊料理のレシピがありました。山家住まいに憧れる文人が書いた「理想的な食生活」の本なので、当時の一般的な料理ではないらしいのですが、どれも美味しそうです。筍と蕨のワンタンとか、梅の花のお粥とか、柚の蟹肉詰とか、……なんか本気でお腹空いてくるんですが。
ところで、本文にある「漢時の一関内侯」について、これはこれで興味深い註釈がついてますので、下に改めて。


後漢
の光武帝の族兄劉玄は、新の王莽を倒して帝位に即いたが、酒色に耽り、高官に取り立てた者はみな料理番や料理人などだったので、都の人々は「竈下の養(まかないかた)は中郎将、羊胃を爛(に)るは騎都尉、羊頭を爛るは関内侯」といった。一関内侯とは、この羊頭を爛(やわらか)に煮ることによって関内侯に取り立てられた人をいう。

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