「(略) 罪籍既に定りぬ。律に于(おい)て赦しがたし。彼(あれ)縛(いましめ)よ」
と喚(よばゝ)れば、雜兵等走りかゝりて、
鈍平(どんへい)戸五郎を撲地(はた)と蹴倒し、押て索(なは)を懸しかば、
件の二人は劇騒(あはてさわ)ぎて、屠処の羊と恨みつ賠話(わび)つ、
只諄々(ぐとぐと)とかき口説ば、金碗(かなまり)怒れる声を激し、
「汝に出て汝に返る、悪逆の天罰は、八ざきの刑たるべし。とくとく」
といそがせば、雜兵等はうけ給はり、立じと悶掻(もがく)罪人を、
外面(とのかた)へ牽(ひき)もてゆき、時を移さずその頸ふたつを、
緑竹(あをだけ)の串に貫き、実検に備る程に、
金碗ふたゝび令(げぢ)を伝えて、「彼(かの)玉梓(たまつさ)を牽け」といふ。
曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」冒頭の、玉梓斬首のエピソードから。
玉梓に先立って処刑される逆臣たちの狼狽ぶりが、「屠所の羊」にたとえられています。
無常観を表す日本の「屠所の羊」、「羊の歩み」のイメージについては、「源平盛衰記」や「砧」などでお話しています。