ゲーテは、食事の前に、ルーベンスの一枚の風景画を見せてくれた。
それは夏の夕景色を描いたものであった。
前景の左手には、家路につく農夫の姿が見え、絵の中央には、一群の羊が羊飼いについて村へ向っている。
右手の奥の方には、乾草車があって、まわりでは、農夫たちがせっせと乾草を積んでいる。
その横では、馬車を解かれた馬が草をはんでいる。
(略)
私には、その全体がじつに真に迫っているようにみえ、細部もじつに忠実に描かれていたので、私は、ルーベンスは、この絵をまったく写生したのだろうという意見を述べた。
「そうではない」とゲーテはいった、「これほど完ぺきな光景は、自然の中ではとうてい見られるものではなく、この構図は画家の詩的精神の産物なのだ。
しかし、偉大なルーベンスは、なみなみならぬ記憶力にめぐまれていたので、自然を全部頭の中に入れておき、いつでも自然の細部を思う存分使いこなせたのだ。
ゲーテ最晩年の言動を伝える、エッカーマンの「ゲーテとの対話」から。
以前ご紹介したルーベンスの「野良の帰り」について、ゲーテが若いエッカーマンにその芸術性を語ったことが記されています。
彼らの会話は、じつは実際の絵とは左右が逆になっているのですが、これは手元にある版画を眺めての話だからのようです。現代ならば、画集を眺めるような感覚ですね。
ゲーテに関しては、「西東詩集」をご紹介したことがあります。