「滋養」という意味をもつことばのまま名づけられた料理が存在する。
それは、塩ゆでしただけのヒツジ肉である。
ヒツジ肉の塊をゆでたままの料理の正式名称は「シュース」であり、まさに滋養の塊を具現している。
「シュース」は結婚式などさまざまな宴会の場面で見かけることができる。
儀式用として、正しい盛り付け方が定められている。基本的には、ヒツジが生きていたときのように置くのが正しい。
右の腿は右に、左の腿は左に、そのうえに腰肉が載せられ、一番上に頭があるというわけで、いわば「姿づくり」ではある。
(略)
『元朝秘史』の巻一二において、チンギス・ハーンの第三子オゴデイが第二代ハーンに即位して治世方針を述べるなかで、駅伝制度について言及するくだりがある。
そこに、駅伝用の乗り継ぎ馬とともに、饗応用のヒツジなどを用意するようにという指示が記されている。
このシュースの語は、漢文文献では「首思」と音訳され、「祗応」と意訳されて登場する。
(略)
盛り付けられたヒツジ肉のなかでもっとも重視されるのは「オーツ」と呼ばれる腰から尻にかけての部分である。
オーツだけを盛り付けるときは、「シュース」とは呼ばれないものの、しきたりに適っていると見なされる。
ずいぶん以前にご紹介したモンゴルの羊料理オーツについて、小長谷有紀の「世界の食文化 (3) モンゴル」より、詳細を追加です。
こちらの本では、さらに、ヒツジ肉そのものについて、このような解説がなされています。
モンゴルの在来種ヒツジは、わたしたち日本人がもっとも慣れ親しんでみかけるような、羊毛を採取するために品種改良されてきたメリノ種ヒツジとちがって、春や秋に自然に大量に脱毛して生え変わり、自分自身で衣替えをしている。
そして、中央アジア原産のネギ類やニラ類を食べて、自分でハーブ添えをしている。
そして、一定の狭い場所に囲われていないので、臭い匂いも付かず、ストレスともおそらく無縁であろうと期待される。
動物として生きる環境全体がこのように確保されることによって、ヒツジ肉のうまさは保たれている。
なんというか、夢のような。