ぼくはまた顔をしかめた。「千花文を描くときには、いつもお父さんを手伝うのさ。菜園を作っていて、植物のことならなんでもよく知っている。つかいみちもね。下絵にかかったら、アリエノールに相談しよう。さて、千花文のなかに、なにか動物を入れたいね」。
しゃべりながら、スケッチをした。「忠実を表す犬もいいかな。貴婦人が一角獣を捕らえようとしていることをしめす猟鳥も使えそうだ。貴婦人の足もとに子羊を添えて、イエスと聖母を連想させる手もある。もちろん兎を一、二羽入れておこう。前足を顔に添える兎は、ジョルジュの署名代わりなんだ」
素描をすませてから、絵とスケッチを並べて、見くらべてみた。「もう一息だな」とぼくは言った。
(略)
「だいぶよくなったな」。ぼくが描き終えると、ニコラが言った。驚いたような声だった。「でも、注文主の了承なしで、こんなに手直しをしてもいいのかい?」
「葉叢模様の一部だからね」。ぼくは応えた。「背景の植物と動物の図案は織師に委ねられている。ぼくらが手をつけられないのは、人物だけだ。」
先日お話した、現在大阪・国立国際美術館にて展示中の「貴婦人と一角獣」をモチーフとする、トレイシー・シュヴァリエの歴史小説です。
引用は、図案を描いた絵師と、それをタペストリーのサイズに引き伸ばす下絵描きの青年ふたりの会話。実際にも、こんなふうに作られたのでしょうか。