ユピテルの息子は、いそいで天の王宮を出て、地上に降りていった。
地上に着くと、帽子をぬぎ、足の翼をはずした。杖だけはそのまま手にして、牧人のすがたに身をやつし、辺鄙な野をとおって、途中であつめた羊の群を追い、葦笛をつくって吹きならした。
ユノにいいつけられた番人アルグスは、このめずらしい笛の音がひどく気に入って、「おまえが何者であるにせよ、ここに来て、おれといっしょに岩の上に腰をおろすがよい。どこへいっても、家畜たちにとってここほど草のたっぷりあるところはない。それに、おまえにも見えるように、羊飼いにとってはありがたい木陰もあるからな」といった。
アトラスの孫は、いわれるままに腰をおろし、よもやまの話をして、すぎゆく時間の流れをみたし、葦笛の旋律でこの番人の眼をなんとか眠りこませようとした。
「ピュタゴラスの教え」や「ガラテイアとアキス」などをご紹介している「転身物語(変身物語)」より。
羊飼いに化けたメルクリウスが、百眼の巨人アルグスを眠らせて暗殺しようとする場面です。