『転身物語』より「百眼のアルグス」

ひつじ話

ユピテルの息子は、いそいで天の王宮を出て、地上に降りていった。
地上に着くと、帽子をぬぎ、足の翼をはずした。杖だけはそのまま手にして、牧人のすがたに身をやつし、辺鄙な野をとおって、途中であつめた羊の群を追い、葦笛をつくって吹きならした。
ユノにいいつけられた番人アルグスは、このめずらしい笛の音がひどく気に入って、「おまえが何者であるにせよ、ここに来て、おれといっしょに岩の上に腰をおろすがよい。どこへいっても、家畜たちにとってここほど草のたっぷりあるところはない。それに、おまえにも見えるように、羊飼いにとってはありがたい木陰もあるからな」といった。
アトラスの孫は、いわれるままに腰をおろし、よもやまの話をして、すぎゆく時間の流れをみたし、葦笛の旋律でこの番人の眼をなんとか眠りこませようとした。

「ピュタゴラスの教え」「ガラテイアとアキス」などをご紹介している「転身物語(変身物語)」より。
羊飼いに化けたメルクリウスが、百眼の巨人アルグスを眠らせて暗殺しようとする場面です。

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テオクリトス 「牧歌」

ひつじ話

エイデュリア 第一歌 テュルシス
テュルシス
甘くささやく松の木は、あそこの泉のほとり。
山羊飼よ、君の葦笛も甘くひびく。
君ならパーンの次に賞をもらえるだろう。
パーンが角生えた牡山羊をもらうなら、君には牝山羊。
神が牡山羊の賞を受けるなら、君には牝山羊だが、
乳をしぼる前の仔山羊の肉はうまい。
山羊飼
羊飼よ、君の歌は、あそこの岩の高みから
流れ落ちる水音よりも甘い。
ムーサイに羊が贈られるなら
君は仔羊を賞にもらう。ムーサイが
仔羊を好むなら、君は羊を連れてゆく。
テュルシス
山羊飼よ、ニンフたちにかけて、お願いだ。
あの岡のギョリュウの茂みに座って笛を聞かせてくれないかい。
そのあいだ、君の羊のめんどうはぼくがみる。

デューラーの細密画をご紹介したときに触れた、テオクリトスの「牧歌」です。
牧歌一般については、ウェルギリウス「牧歌」スペンサー「羊飼の暦」をご紹介しています。
さらに、イェイツ「幸せな羊飼いのうた」、シェイクスピアの「冬物語」「お気に召すまま」「ダフニスとクロエー」なども関連してくるかと。

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「走れメロス」

ひつじ話

メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。
メロスの十六の妹も、きょうは兄の代わりに羊群の番をしていた。
(略)
花嫁は夢見心地で首肯いた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互いさまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ」

太宰治「走れメロス」です。
妹の結婚準備のために都まで来たはずなのに、気がつけば王の暗殺未遂犯として、親友を人質に3日で故郷と都を往復する羽目になる牧人メロス。上の引用は、明日の朝には別れを告げねばならない故郷での、妹たちへの台詞。妹と羊が同列らしいです。

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『転身物語』より「ピュタゴラスの教え」

ひつじ話

獣肉で食卓を賑わすことを非難したのも、かれが最初であった。
かれが最初に、学識のふかい言葉で(しかし、人びとはそれを信じようとはしなかったが)つぎのように主張したのである。
「(略)だが、羊たちはどんな罪をおかしたというのか。
おとなしい羊たち、おまえたちは、人間の生活を助けるためにうまれ、乳房には甘い乳をいっぱいにたたえ、おまえたちの毛はわれわれのやわらかな衣服となり、死ぬよりも生きていてこそ役に立つのではないか。
(略)
すべてのものは、たえず変転するが、なにひとつとして消滅するものはないのだ。
生命の息ぶきは、転々とめぐり、甲から乙へ、乙から丙へ移りゆき、つぎつぎに肉体に宿をもとめる。
動物のからだから人間の身体に移ることもあれば、人間の身体から動物のからだに居をかえることもある。」

先日来ひっぱっているトリマルキオンの饗宴「フィロゲロス」のお話に絡んで、羊肉食問答をもうひとつ。オウィディウス「転身物語」(「変身物語」)より、輪廻思想に基づいたピュタゴラスの主張です。

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「サテュリコン」(続き)

ひつじ話

「ところで」とトリマルキオンはつづけた。
「(略)だまっとる獣について言うと、いちばん精を出して働くのが牛と羊だ。
わしらは牛のおかげでパンを食べとる。
羊はその毛でもってわしらの身を飾ってくれる。
そこで誰かが羊の肉を食べ、おまけに羊毛を着るならば、そいつは不埒な狼藉者だよ。」

先日ご紹介したトリマルキオンの饗宴の続きです。「フィロゲロス」の「羊、牛、豚」と少し通じるものがあるかと。しかし、宴席の話題としてはかなり微妙ですね、これ。

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「フィロゲロス―ギリシア笑話集」より

ひつじ話

羊、牛、豚
うつけ者が二人の友だちと議論する。
乳や羊毛をくれる羊を屠るのは間違っている、と一人が言えば、
もう一人も、乳を出し鋤を曳いてくれる牛を殺すのも良くないと言う。
そこでうつけ者、肝臓や乳房や子宮をくれる豚を殺すのも間違っている、と言った。

古代ギリシアの笑い話です。
豚の乳房や子宮は、「サテュリコン」アピキウスによれば、贅沢な珍味だったとのこと。

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出産控え運動不足解消、雪の中をヒツジ散歩 札幌

ひつじ春夏秋冬

運動不足解消のため散歩する、出産を控えたヒツジたち
 出産を控えたヒツジたちが、北海道農業研究センター(札幌市豊平区)の雪道をせっせと散歩している。運動不足とストレス解消のため、職員に導かれながら約1キロを20分ほどかけて歩く。同センターでは研究用に飼育しているコリデール種54頭のうち15頭が妊娠中。夏は放牧されているが、冬は畜舎での飼育が続くためヒツジたちも運動不足気味だ。出産がピークを迎える2、3月まで毎日続く。

久しぶりに“ひつじニュース”を。
前に秩父別士別の牧場の記事がありましたが、こちらは札幌ですね。
冬は北海道中で羊が行進しているんでしょうか。
カーター卿さんからのタレコミです。ありがとうございます。

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中世ヨーロッパの窓ガラス

ひつじ話

ガラスの代用品
中世のプラスチック
中世には、動物の角が現代のプラスチックのように使われた。
安くて加工しやすかったからだ。
角を窓ガラスの代わりにするには、まず角を3か月間水につけて柔らかくし、平らに伸ばして薄くはがし、さらに光が透けて見えるようになるまで磨いた。

楽器や武器から眼鏡や歯磨き粉(しかも容器は羊の角!)まで、中世ヨーロッパの生活が一望できる、「ビジュアル百科」シリーズ「中世ヨーロッパ入門 」より。
当時のガラスは大変な貴重品でしたから、代替物があっただろうとは想像がつくのですが、それが羊の角だったとは。

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ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ」

ひつじ話

「祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ」 「祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ」(部分)
手作りの十字架に向かって祈る少女の姿を見て、前景の樵は柴を置き、思わず帽子を取る。その妻は空いている手を祈るように差し上げる。奥の林でも男が一人、木に隠れるようにしてこの場面を見ている。
崖の下には群れから離れた黒い仔羊が一頭おり、文字どおり「迷える仔羊」を表している。
「ウィンスロップ・コレクション―フォッグ美術館所蔵19世紀イギリス・フランス絵画」

「夏」をご紹介したことのある、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの「祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ」です。パリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴの、羊飼いであったとされる少女時代の姿。

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「おやすみなさいのほん」

ひつじグッズ

「おやすみなさいのほん」
のはらの ひつじたちは
おおきな あたたかい
もうふのように
いっしょに かたまって
ねむります。
こひつじは はねるのを やめ
おひつじは おしくらを やめ
めひつじは めーめー なくのを やめて
みな ねむります。
ねむたい ひつじたち。

寝る前に少しだけ時間を作って、静かに読みたい絵本です。マーガレット・ワイズ・ブラウン文、ジャン・シャロー絵、いしいももこ訳。

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「サテュリコン」

ひつじ話

その斬新な趣向がみんなの目を見張らせた。というのも、円形の盆の上に黄道十二宮の絵が配置され、その上に皿飾り職人がそれぞれの宮にふさわしい固有の素材で作った食物をおいていたのだ。
つまり、白羊宮の上に外形が牡羊の頭に似たエジプト豌豆。金牛宮の上には一片の牛肉。双子宮には牛の睾丸と腎臓。
(略)
このような安っぽい料理に、ぼくらはかなり失望した表情でいやいやとりかかろうとしたとき、トリマルキオンが言った。「いやでなかったら食べてくれ。それが宴会のしきたりだ」
こう言ったとき、四人の踊子が楽隊の調べに合せて足を踏み鳴らし駆けよると、運搬台の上の部分をとった。するとその下の台に、肥えた鶏と豚の乳房と、有翼神馬ペガソスと見てとれるように胴体に翼をつけた野兎が見つかった。
(略)
トリマルキオンは肘をついて上体を起こし、こう言ったのだ。
(略)
「先刻の料理であきらかになったように、わしに新しいことを教えられる者はおらんのだ。この天界は、そこに十二柱の神が住んでいるように、同じ数の十二の形象に変容する。まず天は白羊宮となる。するとその天象の下に生れた者はみんな、たくさんの羊と多量の羊毛を授けられ、その上に頑固一徹な頭と鉄面皮な額と鋭利な角を持つことになる。この天象の下に、多くの衒学者や屁理屈屋が生れるのだ」

先日古代ローマの羊料理をご紹介したのですが、せっかくなので、納得がいかないほうの古代ローマ料理も。たぶん、こういうののほうが一般的なイメージだと思うんですが。ペトロニウス「サテュリコン」より、トリマルキオンの饗宴の場面です。

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「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

ひつじ話

「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ある靴屋は仕事中にも市場をぶらつくことが好きだったので、あるときそのあいだにもオイレンシュピーゲルに皮を裁つよう命じました。
オイレンシュピーゲルはどんな形に裁ったらよいのかたずねたのです。
すると靴屋は「牧人が村から(家畜を)追い立てて行くときのように、大きいのと小さいのを裁つのだ」と答えました。
オイレンシュピーゲルは「ようがす」と返事をしました。
靴屋が出て行きますとオイレンシュピーゲルは、豚、雄牛、仔牛、羊、雌山羊、雄山羊など様々な家畜の形に皮を裁ったのです。
夕方になって親方は戻って来ると、職人が裁ったものを見ようとしました。
そして職人が皮を家畜の形に切り抜いたのを見たのです。
親方は怒ってオイレンシュピーゲルをどなりつけました。「お前は一体何をやらかしたんだ。わしの皮を使い物にならないように切り刻みやがって」。
オイレンシュピーゲルは答えました。「親方、あっしは親方のいうとおりにしたまでですぜ」。

中世ドイツの伝説的人物、ティル・オイレンシュピーゲルの物語から。凝った言い回しをしたがる親方と、遍歴職人オイレンシュピーゲルの愉快な(?)攻防。
他にも、織匠のもとで織工になり、羊毛を打って整えるのに「もっと高く(強く)」と指示されて、屋根の上で叩いたりもしています。

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「酉陽雑俎」よりいろいろ

ひつじ話

巻八 「夢  夢と夢占い」
許超が、羊を盗んで入獄した夢をみた。
元慎がいった。
「城陽の令を得ましょう」
その後、城陽侯に封ぜられた。
巻十一 「広知  俗信と物忌み」
獣は、尾のさきが二つに分かれ、鹿のような斑(まだら)があって、豹や羊に似、心(むね)にあながあるのは、ことごとく人を害する。

巻十六 「広動植之一  動植物雑纂その一」
大尾の羊。
康居では、大尾の羊を産出する。尾のわきが広い。重さが十斤ある。

続集巻四 「貶誤(へんご) 誤用をたどる」
いい伝えによると、徳宗〔李适〕が、東宮に行幸したとき、太子〔李誦。のちの順宗〕は、みずから、羊の脾(ひ)〔臓物の一〕をさいていて、水分で手がべとべとしたから、餅(ピン)でそれをふいた。
太子は、帝の表情がかわったことに気づいたが、あわてもせず、その餅を捲いて食べたのである。

唐代の随筆集「酉陽雑爼」から、いくつか引用。
夢の話の元慎は、北魏の人で夢判断の上手。同音の「陽」と「羊」がかけられています。
羊の脂を餅でふく話は、注によると、皇帝が食物の浪費だと不快に思うのを察した太子が手をふいた餅を食べる型の説話は、隋・唐代の野史によくある、とのこと。
「酉陽雑爼」には、他に、すでにご紹介済みの神羊の話玄奘の見た西域の大羊の話なども含まれています。

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古代ローマの羊料理

ひつじ話

古代ローマ人は羊のことをペクスと呼び、自分の財産を羊の群れの規模ではかり、それを通貨の代用にしていた。
のちにローマで「通貨」を指したことばはペクーニアであった。
アピキウスは仔羊と仔山羊のレシピだけを記している。
     仔羊または仔山羊のロースト
未処理の仔山羊または仔羊。肉に油と胡椒をこすりつける。
混じりけのない微粒子状の塩と大量のコリアンダーの種をふりかける。
オーブンに入れて焼いて供する。           (アピキウス 366)
あらかじめオーブンを摂氏240度に熱しておく。
仔羊を洗い、皮に切れ目を入れて、風味料が肉にしみいるようにする。
オリーブオイルをこすりつけてから、内側と外側に、挽いたコリアンダーの種と胡椒と塩を大量にふりかける。それから豚の大網膜で包む。
ロースト用の浅底鍋に脂を塗ってそのなかに仔羊を置くか、あるいは焼き串を仔羊に刺すかして、オーブンに入れて褐色に焼きあげる。
ときどきラードかオリーブオイルを塗りつける。
オーブンの温度を摂氏200度に下げて、重さ1キログラムにつき1時間の割合で焼きつづける。
肉からしたたりでる汁を定期的に塗りつける。
それが終わったらオーブンから取りだして、15分おいて落ちつかせる。
食堂で切り分ける。

古代ローマの料理ついて、歴史とレシピを概観することができる「古代ローマの食卓」より、羊料理のレシピを。
アピキウスはティベリウス帝の頃の美食家ですが、ここではその名にあやかった古代の料理書のこと。
古代ローマ人は、意外と、現代の我々にも納得のいくものを食べていたようです。

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デューラー 「テオクリトスの『牧歌』のための扉絵細密画」

ひつじ話

「『牧歌』のための扉絵細密画」 「『牧歌』のための扉絵細密画」(部分)
1495―96年、有名なヴェネツィアの出版社アルドゥス・マヌティウスのもとで刊行されたテオクリトスのギリシャ語版『牧歌』の第1ページを、デューラーは友人のヴィリバルト・ピルクハイマーとその夫人クレスツェンティアのために、グヮッシュと金のハイライトを用いる周縁細密画をもって飾った。
デューラーが描いたのは、書物の内容に相応しい牧歌的な羊飼いの生活である。

あけましておめでとうございます。今年も「ひつじnews」をよろしくお願い申し上げます。
さて、先日の「多くの動物のいる聖母子」に続いて、デューラーです。個人の蔵書のための装飾ですね。

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